ヤマセン仙北果樹園 » Archive for 私的雑感

“私的雑感” カテゴリのアーカイブ

 年明けてから24 Twenty four season 7をgeoからレンタルしてみました。去年シーズンⅠからⅥまで一気に見ましたけど、やはり続きは見逃されませんね。(2009/03/092009/04/09)。
 今回も陰謀、内通者や裏切り、どんでん返し、せっぱ詰まる決断などとても良いのですけど、最後の終わり方が何も解決しないで幕引きなんで、もう一時間必要になっているベヤっ。25又は48にタイトル変更せーっと突っ込み入れておきます。
 シーズンⅦを見ている途中、前回のディスク「リデンプション」を再見されるとより理解が深まるぞー。
 さて今シーズンは、CTU解体されているんですけど、ビルブキャナンやクロエ、キムそしてアーロンが登場してきて少しホッ。でもね、私、ビルみたいな人物が好きなんですけど、途中で**なんでがっかり。それにしてもトニーは殺しすぎだろ。
 ジャックはあれだけやられて助かるのかい?FBIのルネは拷問も辞さない女ジャクバウワーとなるのか?大統領の家族の亀裂はどうなるの?なにより巨大陰謀グループはあばかれるのか?
 結局シーズンⅧのリリース待ちなのだ。
 

Comments コメントなし »

 2009-06-30-1毎日ハウスに上がっていて、疲労。被覆は50%位しか出来ていません。サクランボの佐藤錦が昨日あたりから少しずつ直売に並べています。疲れがひどくてブログ更新が滞っていました。28日の出来事ですけど、結婚披露宴に行って来ました。私は疲労、こっちは披露(おやじギャグですまん)。
 S家H家。S氏は稲作農家だし、HさんはFMもえる。まぁ、私の番組仲間なのです。私にとっては超久しぶりの結婚披露宴です。前回の出席はもう思い出せないくらいです。
 いゃー、結婚式はイイですネー。みんなハッピーだし、日中から酒飲めるし。宴席が滝川ってのが移動なんで遠かったですけどねー。。

Comments コメントなし »

2009-06-26-1去る24日、お向かいのまつやま養蜂園に、NZ(ニュージーランド)から来客がありました。NZ南島、クライストチャーチの近くで養蜂をしているサイム夫妻です。
 松山さんは数年前にNZに養蜂仲間で視察に行っており、その時の視察先の養蜂家がサイムさんなのです。松山さんにとっては久しい再会となりました。サイムさんの所には、日本人の鈴木さんが就職しておりまして、今回もお互いのコミニュケーションは鈴木氏の通訳でなっています。
 久しぶりの再会なので、お庭でバーベキューする事になり、私もお呼ばれしました。なんたって第二の故郷はNZと自認する私ですので、黙っちゃいられません。
 サイムさんは日本の養蜂様式や松山さんの設備、トラックにまで興味深く見ておりました。
 さて、私も懐かしいNZ英語を使ってみました。といってもタドタドしい英語でしたけど、それでもなんとか伝わりました。
 私がNZを行ったとき、クライストチャーチはもちろん、スチュワートアイランドやダウトフルサウンドにまで行ったのだと話しましたら、地元のサイムさんも行ったこと無いと申しておりました。
 鈴木氏は、このNZのハチミツを日本で売っています。こちら参照(ブログにはNZの生活も載っています)
ピコミーレ株式会社:http://www.picomiere.com/aboutus.html
PicoMiere ピコミーレ オーナーの養蜂Diary:http://picomiere.exblog.jp/ 

Comments コメントなし »

 こんにちはビル・ブキャナンです。3月9日にアップした「24」TwentyFourネタですが、ついに今レンタルできるDVDをやっと全部見ました。2009-04-06-1
 仁左衛門さんは全く相手にしてくれませんでしたので、mixiにて「24」情報を得ています。主人公のジャックバウワー演じるキーファーサザーランドは昔「スタンドバイミー」に年上の不良少年役に出ていたこととか、酒気帯び運転でつかまったとか知りました。
 「24」Ⅰ~Ⅵと6.5にあたるリデンプションまで全73本のDVDが現在留萌のGEOで借りられますが、コンだけ見ても通常の半額価格だったんで、4千円もしないで見られたのは幸運でした。
 私が一番良かったのは、シーズンⅤ後半。大統領の陰謀、テログループの人間関係、CTUの危機とか手に汗にぎる感じでした。
 「24」は、「悪者」は「悪そうな顔つき」なので見ていて助かりますなぁ。但し、裏切りとか内通者とかは識別できませんけど。
 役で気に入ったのは、ビルブキャナンですが、秋にでも放送されるだろうシーズンⅦでは××と言うことなので、歴代CTUロス支所長、ジョージとかシャペルとかマクギルとか憂き目の運命なのだなぁ。
 他にも印象的な役は、シークレットサービスのアーロン、首席補佐官マイクノピックの目つき演技も良かったし、もちろんクロエもカレンヘイズもいい。ディビッドパーマー大統領(初期の)の笑顔や貫禄は本物の大統領ぽかった。
 そしていつも頼りになるトニーアルメイダがⅦでは悪者となるようなので、シーズンⅦが楽しみな私なのでした。
 

Comments 1 コメント »

 このブロクがこの頃、頻繁なる更新がされないなぁとお思いの役場関係者もおられることでしょう。昨日サーバ停止したとしても、「長靴ネタ」以来ブログ更新が足踏み状態となっていると指摘されそうです。

 2009-03-09実は私、あのジャックバウワーで有名な「24」にはまっていまして、DVD鑑賞が続いているためなのです。BSフジで毎週水曜日に放送されていますが、それは毎週見ているのですが、登場人物が多いし、これに至る「つじつま」が知りたくなり、数週間前GEOへ行きました。

 現在BSで放送中は、シーズンⅥ。元々はアメリカで作られたサスペンステレビドラマです。一日24時間の出来事を1時間一話として、見ている時間経過とドラマの時間経過が同じくなるようにリアルタイムを意識して作られています。DVDにはCMがないので、実際は一話45分ほどかかります。DVD一枚には2話分入っていて、1シーズン12本見るのに18時間以上かかるんです。おまけ影像とか解説入りとか見ちゃうと倍かかりますよねー。

 ドラマは笑うような場面はなく、常に緊迫していてハラハラドキドキの連続。たまぁーに残酷な拷問や殺害シーンがあるので、お子ちゃまは見ちゃーダメです。
 それにしてもGEOでは半額レンタル中なので1シーズン分12本借りても600円と激安。現在シーズンⅢまで見て、さきほどシーズンⅣを6本借りて参りました。

 「24」は、知っている人はかなり居ますが、実際に鑑賞した人は非常に少ないです。と、言うのも日本で放送されたのは深夜でして、かなりのマニアでなければ見ていないのです。
 24談議をしたいのですが、誰か相手になる方いませんカーぁ。仁左衛門さんいかがぁ?。「24」は、これまでのテレビドラマをはるかに超越した超ロング映画見ているようなクォリティーですよー。

Comments コメントなし »

  2009-02-22-2本日数時間だけ気温がプラスに成ったものの、ここ一週間ズーと真冬日。マイナスの気温に強い風も伴い、外での剪定作業は少々辛かった。そんな時、飴をなめると「ほっ」としますなぁ。私のポケットには数種の飴を忍ばせて作業しています。
 お気に入りは、昔から「純露」。メーカーホームページUHA味覚糖によると同製品は昭和48年(1973)からのようで、ロングセラー品なんですね-。ポケットから取りだした時、色の濃い紅茶味が出てきた時は「当たり」をとったようで、なんだかうれしく感じる私は小市民?。
 2009-02-22-1さてそんな中、最近のお気に入りに一品加わったのが、これ「千歳鶴吟醸酒粕使用甘酒ソフトキャンディー」。製造はロマンス製菓。国稀でないのが少々残念なのですけど、ちょっと衝動的な味と食感なのです。これまでも酒粕味の飴はありましたが、これは、もっと深い酒粕味ですし風味も濃厚です。一袋単位で入っているものの、それぞれ形は一定でないのが、また良いです。
 あっ、そっだ、晩酌のつまみにも合うかも・・・・って、そこまではくどすぎるかな。

Comments コメントなし »

アメリカでは「Change」を訴えて大統領がチェンジしました。私もそれに習って携帯をChangeしました。何物もトコトコン使い込む私が何故携帯を替えたかと言いますと・・・・
2009-01-23-2 昨晩は防除組合の総会兼新年会で、飲酒。二次会、あるスナックで腹具合がもよおしたのでトイレへ。
 はい、ご想像の通り携帯をトイレへボットンしました。沈降したらしくて行方不明。別の電話で呼んでみると圏外ガイダンスが・・・・はいダメーっ。二年使った携帯とは不慮のお別れとなった訳なんです。
 今日早速ドコモショップへ。今携帯は高いんですねー。最新ハイエンド機種は7万円以上するんで、若干古い機種を購入した次第。薄々の機種も捨てがたかったんですが、GPS機能がなにげに欲しくて、しかもワンタッチで開くヒンジと言うことでP906iとしたのです。画面が大きくて奇麗で「惚れてまうヤローッ!」。もろもろ割引特典があったのですが、それでも4万円ほどして思わぬ出費に痛手を被りました。
 しかも、データーのバックアップしていなかったので、電話帳データーは最初からやり直しです。
 その為、着信は誰からかかってきたのか判らないので、おそるおそるの対応と成ります事、この場をかりてお知らせいたします。
 今日の格言。データーバックアップはこまめに取ること!酔っぱらってトイレに行く時は「気をつけなはれヤーッ」

Comments 2 コメント »

Comments 4 コメント »

Comments コメントなし »

Comments コメントなし »

Comments コメントなし »

今野清次郎おじさんは、数冊の著述をしています。写真は我が家にあるおじさんの本の数々です。戦争中、饑餓の島「メレヨン島」からの生還を果たしたおじさんですが、メレヨンの英霊への鎮魂は生涯続けられました。全国メレヨン会では役員を務め、昭和54年には第4次慰霊墓参団に参加して、メレヨン島に再上陸をして、慰霊の旅を果たしております。

戦後は長くメレヨン饑餓戦没者を想いつづけた。毎年海山の幸として夏は桜桃を秋は生鮭を靖国の戦友へ供えた。

さて、彼の本は数冊あるものの、内容は似ております。これはプロの書き手ではないので、出す本が加筆添削等によるものと思いますが、基本的柱は、戦争でのメレヨンの出来事ともう一つは「ふるさと増毛」を想う二本柱です。 
 大正11年生まれ、別苅小学校高等科、増毛青年学校卒業後、軍へ入隊し帰郷後、増毛町農業委員・農共済組合長、農共副組合長、改良区理事長、増毛町議会議員、社会教育委員などを歴任されております。
 特に増毛町がニシンで振るわなくなるので農業振興は欠かせないとして、中歌上の開田に尽力し、箸別川からの取水路を始めとする水田振興に政治的に力を注ぎました。しかし、工事の遅れ等から自らも開田事業をするも資金繰りができず、離町を余儀なくされました。
 そのちょと以前、昭和30年と思います(年代が書かれていない)が、増毛町12代中江町長誕生の裏話が載っています。

全道農協青年部長会議が層雲峡朝暘荘で行われ出席すると、元町長中江庄三郎氏が恩給継続のための支配人をしていた。増毛の現況を語り、今後の行き方を一晩中語り合った。中江氏は最後に機会があれば、再度役に立ちたいといって別れた。黒岩尻電化運動に協力してもらい、八年目に追放解除になって深川で打ち合わせをした。中江氏に増毛に来てもらい農協に顔を出して、私は一汽車遅れて帰り、山形屋で落ち合った。町では中江氏が町長選に意欲があるとニュースが流れた。当時現職のバックは有力だった。部落の青年幹部に呼び掛け、町の現況を語り、将来の方向を話し合った。今の町生産力の比率を漁農、七分三分になる様に努力する等、町政の改革に協力する様、懇願した。別苅の川向之夫君、中歌の小林君、箸別の古村忠雄君に舎熊阿分幹部等多数の賛同を得て、徹夜して届出一番を得て選挙戦に突入した。若い人達はペダルを踏んで各地をかけ廻った。町長候補は四人で現職は優位、我が方は候補はよいがバックは弱いと評された。雄冬の舟入間に着くや高台に向かって中江、中江と叫び続けた。細い崖の道を杖をつかせて越し、岩尾(ヤマカ)旅館に着いた時は暗くなっていた。町議候補で正式に中江氏支持を表明したのは西方作松氏一人だった。

二度となるまいと思ったほど厳しい戦いで、最終二二五票の差で当選した。開票が終わって公会堂を出た時、東が白くなっていた。若い人達の力に感謝し、これからの町政を思い乍ら、皆の待つ事務所までの道は涙が止まらなかった。その直後、有力者から町長に対する進言を頼まれた。断ると今の町長は君の言う事以外は聞かないだろうと言われたが、私は公私の区別ははっきりつける信念は変わらなかった。

中江町長は上川町、鶴野木工場社長から、瀬戸の観音様をゆずられていた。捧持以来縁起がよいと毎月の二十八日は私を呼び、二人で供養したその折、日頃考えている三つの私案を話し合った。一つはは陸上の再開発、二つは漁もうすく耕地はせまい、人手が余るし仕事がないと人が減るので町民の働く場所の誘致、三つ目は留萌を通らないで札幌へぬけられないか、つまり袋地から抜けたい願望であった。古老から留萌と発展争いに負けた事を聞かされて育った私は、淡い夢を持ち続けていた。中江町長は行政のエキスパートとして直ちに反応を示した。留萌開発建設部を通して運動を起こした。部長からもらった特殊模様のネクタイを私に渡し乍ら、その都度運動の経過を知らせてくれた。上京では課長を交替で伴い大蔵省主計局に陳情を重ねた。常に「主計官を夕食に誘って来てくれるとしめたものだ」と言っていた。旧来型陳情方法である、五〇〇万円の調査費がついた時、これでいつかはこの道が抜けると喜び合った。

国道231号線、現在私は札幌へ行く時、大変便利に往来しておりますよ。
 

Comments コメントなし »

私の亡き祖父の弟、今野清次郎(千葉県)おじさんが先日、亡くなったと知らせが来ました。仙北家に生を受けましたが幼い時、別苅の家に養子になり今野の姓となりました。増毛町の議会議員経歴もあります。現在は千葉県在住ですが、誰よりも故郷増毛を愛し、憂い、慕っていたおじさんでした。亡くなる数日前、増毛に帰りたいと訴えていたそうですが、叶えられませんでした。 
 今野清次郎おじさんは、何といっても戦時中、敵の上陸なくして多くの日本兵が命を落とした「メレヨン島」からの生還者の一人。太平洋の小さな珊瑚礁の島に約7000名の派兵。しかし制空権制海権を失った日本は、彼らに十分な補給を出来ないまま、敵と戦火することなく饑餓により1年6ヶ月で約5200名が餓死したそうです。空襲も時折あったらしく、おじさんは「背が低かったので助かった」と、飛行機からの敵弾がかすめた体験も話しておりました。又、おじさんは一日100グラムの淡泊質を摂るように心がけて、珊瑚礁からカニを獲って食べていたとも語っていました。
 メレヨン島は現在は「Woleai」と言うらしくGoogleEarthで検索すると一部欠けているもののずいぶんと拡大出来ました。この画像をおじさんに見せてやりたかったです。きっと涙を流して画面に食い入って見た事でしょう。当時の滑走路は現在も健在らしく、くっきり見えています。
 おじさんは、この饑餓の体験を語り継ごうと、何冊も本を出し(ほとんど自費出版)ております。
 とかく「戦争体験」がマスコミ等でとりあげられ、「反戦」や時には「反日」の材料とされておりますが、おじさんの著には、体験とともに戦争に対する「反省」を越え、大局的な見地から当時の西欧の帝国主義など国際情勢を加味した「考察」の域で書かれていると私は思いました。つづく

Comments 2 コメント »

Comments コメントなし »

Comments 2 コメント »

Comments コメントなし »

Copyright @Yamasen Senboku Orchards