フィリピンに旧日本兵が生存しているらしいニュースが入っています。20年前には中国残留孤児の話題が席巻しておりました。
さて、おとといミツバチを一旦果樹園から搬出しました。夕方6時過ぎでしたが、その時はまだ明るく、蜂は活発に動いておりました。しかし、すべて帰ってくるまで待っているわけにもいかず、さっさと蓋を閉めて巣箱を持ち出したのです。そう、まだ帰ってこないたくさんの蜂をやむなく置き去りにしたのです。残留孤児ならぬ残留孤蜂。
そもそも帰りの遅い蜂たちは、働き蜂の中でも働き者に違いありません。彼らが帰ってきたときには、すでに帰るべき巣箱はもうそこにありません。蜂達は途惑うばかり。途方に暮れるとは正にこんな事か。昨日になって、こうして残された蜂たちは寄り添うように行動するのでした。近くの木の枝に団子状に寄り添っています。日中は飛び回ったり固まったりと激しく動き回ります。
こんな状態の時に近づくと危険です。蜂たちはかなり気が立っていて刺しに来ます。家を失った蜂たちは自暴自棄になっているのでしょうか。気の毒ですが、近寄らないでそっとしておくのが常套です。しかし、草刈り等で知らずに近づいて刺された方がおります。写真のKabuken氏は、2カ所刺されたとの事です。
今日の夕方、第2弾目に到着していた巣箱を再び果樹園内に配置しました。りんごや梨の受粉のためです。さて、この残された蜂たちですが、明日になればどれかの巣箱に入っていくそうです。本来ならば自分の生まれた箱が一番良いのでしょうが、その箱はもう近くにないので、仕方なく他人の巣箱へ入るようです。
果たして他人の巣箱内で、差別されずにうまくやっていかれるのかは私には分かりません。社会性の高い昆虫ですから、たぶん元気にやっていってくれるでしょう。
※写真は今日の日没頃。この時間帯になると蜂たちはかなりおとなしくなっており、こんなに近づいての写真が撮れました。
2005年5月アーカイブ
りんごの開花直前防除時期になり、ミツバチを一旦果樹園から出したすきに一斉防除となりました。
私の属する防除組合はSS(スピードスプレヤー)が2台しかなく、全員が2日で薬剤散布を終了するには、間髪入れない機械のリレーが必要となります。
私の順番になったのは午前10時過ぎ。明日夕方にはミツバチを再び果樹園に入れるため、殺虫剤を散布する事は出来ません。今回は殺菌剤のみの散布となります。りんごにはアンビルフロアブルを、サクランボにはスミレックス水和剤をそれぞれ散布しました。
サクランボへの薬剤効用として、幼果菌核病も対象病害ですが、今の散布タイミングへの疑問もあります。しかし、ミツバチを導入しているため、いくら昆虫に害が少ないとはいえミツバチが飛んでいる最中に薬剤散布は出来ません。これからリンゴの花が終了するまでの一週間程度は防除出来ませんから、今回サクランボにも防除する事になっています。
サクランボは「落花期」となっていて、花びらが散ってきました。SSは、たくさんのノズルから薬剤を霧状に噴霧しますが、それと同時に大型扇風機で風を送って薬を吹き飛ばすようにして行きます。
そのため、サクランボの防除後には、SSには大量の花びらが付着しました。(写真)
明日5月29日は増毛町えびまつりが開催されます。そこでそのPRに、町議の渡部さんと二人でSTVラジオ「日高晤郎ショー」へ行ってきました。晤郎ショーへ行くはももう何回目にもなります。ラジオ出演などはありませんが、まぁ、番組のトークの中でイベントの紹介を散りばめていただけたらとの思いで、毎回行っています。
早朝5時、トランクにエビを積んで出発。エビは鮮度が落ちやすく、すぐに鮮やかな赤色がくすんでくるので、せっかく持って行くのだから彩りの良い状態で持って行きたい。そこで、エビは2重の発砲箱にして、氷を入れで厳重密閉したものを漁組から調達していただきました。スタジオに到着後、ふたを開けてみるとばっちりの色合いでまずまず安心。
早々スタジオへ。朝7時半頃でありましたが、すでに客席はほぼ満席。根強い晤郎ショーファンに支えられているなぁと関心させられました。愛想振りまく町会議員渡部さんとは正反対に私はおとなしく座っているだけでした。8時本番スタート。「晤郎の人物ひらがな歳時記」で、晤郎さんは全くメモ等を持たずに年代や人物をわかりやすく紹介するあたりは、さすがにプロですし、話すことをきちっと整理して時間通り納めるのにはただただ関心するばかりでした。
また、CM中のスタジオ内でのお客さんとのやりとりは、単にラジオだけではなく、来客をも同時に楽しませると言う、二重の芸当を見せる晤郎さんでありました。
さて、えびまつりPRですが、コーナーコーナーの合間などに「えびまつり」を鋏んで頂いたり、9時前ころに祭りの内容も紹介していただき、我々の任務は果たすことが出来ました。来客が多いため、我々はスタジオを退散、帰路についたのでした。後の「スージーズ」でもましけが使われていて、PR効果は最高と思います。
今日、FMもえる「FM緑の風通信」を放送してきました。メンバーは果樹協会青年部の面々。兜謙悟さんプロデュースで進行しました。新入部員「阪口」さんの紹介に始まり、昨日植えた防風林の話、サクランボの花の話等。サクランボはたくさん咲くのに、観光活用はしていませんので、何とか利用できないか?ミツバチを果樹園に放していますので、ミツバチの生態の紹介もしました。
「ものしりアグリ」では、「アジアの真実」に書かれていた、日露戦争の日本海海戦100周年記念の話をちょこっとと、「樹木は何故燃えるか」と題してお話しました。
出演者は多かったのに、私の横槍や、話題を奪って一方的に私だけ話す構図になってしまいました。せっかく、若者一同会したのにスピーチのチャンスをすべて私が奪ってしまったようで、深く深く反省しています。
ちょこっと知っている話題になると、黙っていられない私の性格が露出してしまい、結局私は自己顕示欲旺盛なのだと自己分析するのでした。
今日は昨日よりも気温が上がり増毛アメダスで最高16度弱となりました。アメダスがある位置は標高が果樹園のある暑寒沢よりも高いので、おそらく果樹園では20度近くまで気温が上昇したと思われます。昼直前頃にはブヨが出てきて、サングラスの辺りにまとわりつくので頭にきていましたが、今年のブヨ(ブユ)出現は初めてか2回目で、サクランボ花粉交配にはブヨが出てくるくらいの気温でなければ、例えミツバチが働いていても肝心の花粉が成熟してこないのでありまして、煩わしいブヨ出現は歓迎すべき事かも知れません。
サクランボの花は概ね満開か満開直前って感じです。いつもは遅く咲く「南陽」も五部以上咲いていて、これなら他品種の花粉交配がばっちりと思われます。
気温上昇、サクランボほぼ満開とあって、ミツバチは一斉にフル活動って感じにで飛び回っています。サクランボの木に近づくと羽音が大きく聞こえきます。見上げるとあちこちにミツバチの姿が。写真は午後に撮りましたが、こんな一コマにミツバチは五匹も写っています。
このまま降霜害でも無ければ、たくさんの実が付きそうな予感がします。でも明日は雨模様の予報で、病気発生も心配されますが・・・。とりあえずミツバチ達は日曜日まで果樹園内に設置しておくことが決まったようです。
今日の午後、果樹園を貫く道道暑寒別公園線沿いに防風林を植え付けました。 去年秋の台風は50年振りの大風となった訳ですが、その際、多くの防風林が倒れてしまい、スカスカ状態となってしまいました。
そもそも、果樹園には防風林は欠かせません。それは単にりんごが落ちるからだけではありません。今は花時期ですが、常に風が通っている状態は結実に悪影響がありますし、冬でも寒風が吹きさらしますと、無風と同じ温度だとしても風によって体感温度が下がるように果樹に凍害をもたらします。増毛町はその地形的要因からか比較的風は緩やかなのです。他の果樹産地は、いずれも比較的風の通らない位置に果樹がありますし、増毛よりも南だからといって果樹が出来るかというとそうは限らないのです。
比較的風が弱いとはいえ、やはり気象は気まぐれで、強風になることもあります。そこで、防風対策が必要となります。
今回は松を植えました。増毛町の補助を受け、さらに道道ですから、道路管理者(土木現業所)の許可のもと、沿道に関わる果樹若手が出て、片っ端から植え付けました。
昨今、靖国問題だの反日デモなど内外で騒がれています。歴史教科書問題もにぎやかです。歴史観はその国により多少の違いが生まれるってのはしょうがない事ですが、やはり日本としては、日本にとって不都合な事でも「真実の出来事」が本当の「歴史」であってほしいです。
しかし、「昭和」の歴史観はとかく中国や韓国から、とやかく攻められ、「日本がすべて悪」だと強要されようとしています。また、日本国内でも多くの人々が「日本は戦争で酷いことをしたんだ」と素直に認めそれ以上の思考を停止しています。さらには政府もアジアには「お詫び」を繰り返しています。
この本渡部昇一の昭和史」は、そんな「自虐史」から、「日本ばかりが悪いわけではない」と言うことをわかりやすく教えてくれます。著者は、10年以上前からラジオ等で「南京大虐殺は無かった」「日本に占領された国々は結果として独立しいち早く民主化し近代化した」と力説していた事を私は覚えています。
日本人は他国(アジア3カ国から)過去を持ち出されると全く「誇り」や「自信」を持つことが出来なくなりますが、この本は「本来の誇り高き日本人」であることを気付かせてくれます。
著者「渡部昇一」はこんな人です。チャンネル桜よりこちらをどうぞ
増毛町は、留萌市、小平町との3市町村合併を断念しました。毎年削減される地方交付税の中、厳しい財政運営を強いられています。さらに、合併が破綻したことから、ますます過酷な状況となっています。
そこで町は、広く町民のつっこんだ意見提言を吸い上げようと、「増毛町まちづくり町民会議」を立ち上げ、第一回目の会議が今日の夕方開かれました。
この会議の委員は、一般公募と行政改革検討委員からなる21名の増毛町民で構成されています。本来ならば、このような町作りなどの検討は、町議会での各委員会等で行うのですが、合併をあきらめ自立の道を歩んだ増毛町は、より広く町民の意向を受けようとするための今回のプランです。
この会議での決議等の効力は強制力や法的拘束力など全くありません。しかし、一町民として行政に対して自由な意見を言えると場は、新しい試みとして評価に値すると思います。
私は、行政改革推進委員だった事もあって、今回もこの会議に出席する事になりました。町行政に「お金」が潤沢に無いという現実に、ならば少ない予算をどのように有効利用すべきかを考える必要があります。まぁ、私が思いつくのは、支出の削減と収入増の方策といったありふれた事しか思いつきませんが、なにかしら町に役立つのであれば協力していきたいと思っています。
今日は増毛アメダスで最高気温18度を超えました。果樹園に設置しているミツバチの巣箱では、気温上昇と共に、蜂たちの動きも活発になります。
ミツバチの巣箱内には、数万匹の働き蜂がいますが、卵を産む女王蜂はたったの一匹というのはご存じの事と思います。しかし、巣箱内では、次世代女王蜂候補が育てられています。詳しい生態はこちら参照・・・蜂の雄はなんと涙ぐましい事か・・・・
それはさておき、女王候補が育つと、巣箱内に複数の女王が存在する事になりますが、気温が高くなると、次世代女王は家を出ます。まぁ、独立するのですが、その際、約半数の働き蜂を引き連れて行きます。これを分蜂(ぶんぽう)と言います。今日、我が果樹園内の設置していた巣箱から分蜂したのを見つけました。
分蜂した女王蜂は一度近くの木に留まりす。その周りをたくさんの働き蜂が団子状態になって興奮状態となります。このまま放っておくとやがて何処かへ飛んでいってしまいます。そうすると元の巣箱には働き蜂が半減し、採密能力が半減することになります。
そこで、方法?・・・団子状態の中から女王蜂を見つけて潰す。次期女王を失った働き蜂達はやがて元の巣箱へ戻っていきます。
方法?・・・別の巣箱を用意して、団子状態のまま新しい巣箱へ入れてしまう。そうすると、巣箱が増えることになります。おのおのの巣箱内の働き蜂達は半分ずつとなりますが、総数は変わらないので、採密量も減りません。時間経過すれば、働き蜂達が増え出し、結果蜂の数が増えていきます。このようにして、養蜂家は巣箱を増やしています。
どちらの方法も、この分蜂直後の団子状態を見逃さないために、暖かい日には見回りが欠かせません。写真は、G氏です。この作業ではいつも3から5カ所ほど刺されるそうです。
暑寒沢を貫く2本目の路、錦道路。我が家の裏手あたりに「りんご栽培の父 藤原筆吉翁の碑」があります。増毛で果樹の栽培が始まったのは明治の始め頃だそうだが、藤原氏はこの暑寒沢の大地主でもありました。増毛町教育委員会が増毛町史跡指定して立てたこの杭状の看板裏には、こんな事が書かれています。
明治六年に渡道した氏は精米業を営みつつ現在の暑寒沢を開拓していった。又増毛の地に初めてリンゴ栽培を試み今日の隆盛の基となった。この碑はりんごの父としての功績を称え大正十一年八月に建立されたものである。
指定年月日 昭和五十八年七月二十一日
指定番号 二十八番 増毛町教育委員会
一反ほどの広さの雑木林の中には石碑とお堂などがあります。私はガキの頃から、少々不気味さもあってあまり立ち入らなかったのですが、ここは今では藤原家の唯一残された私有地となっています。中の石碑には辞世の句が彫られています。しかし私には正確に読めませんけど、「大正」と「天湯果園農夫 藤原栄?」、石の右横側には「払罪 切労兵(?)藤原筆吉翁の記念」と彫られています。
近所で育ち住んでいるのに、この碑のゆかりを詳しく知らない私が紹介するのも何なんですが、増毛果樹の原点がここにあります。
本日、長沼にあります北海道中央農業試験場作物開発部果樹科より果樹専門担当官らが来園され、昨年の台風で倒木したりんごの木の状態などを観察されていきました。
昨年9月の台風で倒木後、数日で起こし上げたりんごの木ですが、そのダメージがどのくらいの後遺症として現れるかとの調査でしたが、まだ芽が少々しか出ていない段階での判断は出来なかったようです。
この際、いろいろお話を伺いましたが、他果樹産地の生育状況も増毛同様で、10日以上の遅れと言うことでした。約10年前にも同等の生育遅れがあり、このまま推移するとサクランボの収穫は7月中旬?お盆頃までとなるのかも知れません。
5月15日書き込みの黄色い胸を持つ小鳥ですが、昨日、軽トラのガソリンを入れるべく増毛日石に行きました。このスタンドの中には増毛山岳写真などが展示していまして、N氏にこの件について尋ねたところ、「北海道の野鳥」(北海道新聞社)の本を貸してくださいました。
この本で調べましたら、青い鳥は「オオルリ」・「コルリ」であることは間違いありません。ただ、大きさが微妙ですから、どちらかは私には限定できません。
黄色い方の鳥は今日になってやや大きくはっきり写すことが出来ました(右写真)。これにより、この鳥は「キビタキ」であることが判明しました。この鳥はヒタキ科に属し、平地から低山の落葉広葉樹林、針広混交林に生息。葉の茂る前だと姿を見かけるが、葉が茂ると見つけにくくなるらしいです。参照1・参照2
尚、「ヤマガラ」はシジュウカラ科ですので、種族が違うことも知りました。
♪「キビタキ キゥイ パパイヤ マンゴだね」って曲がありましたなぁ。
今日の夕方、予定通りミツバチの巣箱約200箱を暑寒沢果樹園内に一斉に搬入しました。
5月13日到着したミツバチを暑寒沢や黒岩地区果樹園十数カ所に巣箱8?14箱ずつ手分けして置きました。サクランボの花の状態は右の写真のように、早いものでもまだ全然咲いていません。しかし、薬剤散布が一通り終わっている事で遅くする理由もないことから、今日の搬入となりました。![]()
今日の増毛は一日中晴天で、暑寒別岳がくっきりまぶしく見えておりました。しかし、ご多分に漏れず気温が思うように上がりませんでした。(増毛アメダスで10度以下でした)梅の花はかなり咲いていますが、サクランボの開花はまだ数日かかりそうです。道ばたにタンポポが咲いているのを発見しました。
果樹園に放されたミツバチ達ですが、花らしい花が少ない状態です。サクランボの開花を心待ちにしているのは我々園主ばかりではなく、ミツバチ達も同様だとおもいます。
今日も肌寒くときどき小雨。さくらんぼの花は早いところで芽先に白いのが見えてきました。
さて、川縁では相変わらずツバメがビュンビュン飛んでいます。ツバメは、文字通りの燕尾服状に尾びれがくびれているものや、尾びれのくびれの無いツバメ?もおります。
畑で、鮮やかな青色の鳥をしばしば見ます。大きさは雀くらいですが、みごとな光沢のある青色です。お腹は白。ネットで調べてみると、「オオルリ」と言うらしい。夕方で光が弱かったし、コンパクトカメラのズーム利かせてのシャッターなので、よく写っていないのが残念です。
このオオルリと一緒に、やはり雀大くらいのこれまた首から腹が黄色い奇麗な鳥も発見しました。同じ仲間と思いますが、名前は不明です。ネットで見ると「ルリビタキ」が一番似ているかも。
これらの鮮やかな鳥は、これまで見たこと無かったのですが、以前からいたのでしょうか。それとも、私がブログを書くようになって、ネタ探しに注意を払っているので、たまたま発見したのでしょうか。もし詳しい方がおりましたらご教授ください。
5月16日追記:写真右窓の黄色い鳥は、「ヤマガラ」であるらしい事が判明しました。
参照→こちら1 こちら2
5月17日追記:訂正します。「キビタキ」でした。17日書き込み参照
今日、2回目の薬剤散布をしました。りんごにはトクチオン水和剤とベフラン液剤。サクランボへは、ビスダイセン水和剤・ダイアジノン水和剤です。SS(スピードスプレヤー)は、共同で使用しているため、私に回ってきたのは10時半過ぎでしたが、自転車でSS車庫まで取りに行くとすでに別の方にSSを持って行かれて、次に回ってきたのがちょうどお昼でした。
今回の薬剤散布のタイミングは、りんごにしてもサクランボにしても数日早いかも知れません。しかし、増毛の場合、サクランボの開花に合わせてミツバチを暑寒沢地区果樹園に一斉に導入するため、個人的な都合よりも全体を優先した訳です。
予想では17日頃からサクランボは開花するのですが、昨日、今日も晴天の割にしても気温が上がっていません。開花はたぶんもう少し後になるかも知れません。そうなると、今日の薬剤散布は早く、ミツバチを導入中に一切の薬剤散布を控えることから、薬の効き目が途中で切れる事も考えられますので、微妙な事です。尚、「農薬散布ディスクロージャー」ページを更新しました。
今日は朝から良い天気。暑寒別岳が一日中くっきり見えていました。光が強かったので、エゾエンゴサクの写真を撮ってみました。カタクリと共に咲いていましたので、上部のタイトル画像を作り入れ替えました。このところ寒かったので、カタクリの花もまだ咲いていました。
果樹園の梅の花が今日開花しました。まだ、一樹に一つ二つですが、天気が良ければ一気に咲く気配です。壮瞥と比べて数日、仁木とは5日ほど遅く生育しています。
今日は天気が良かったとはいえ、「暑く」なった訳ではなく、増毛アメダスの最高で約10度でした。それでも、地表の水分を盛んに蒸散させていたようなので、病害拡大に歯止めがかかったかも知れません。
しかし、今日暗くなった頃、「霜注意報」が発表されました。今のさくらんぼやりんごの芽の状態ですと、多少の降霜は問題ないと思いますが、強烈にシバレルようではダメージを受けます。まぁ、梅は危ないけど、まだ大丈夫でしょう・・・・希望的観測。
オホーツク高気圧だかなんだか知らないけれど、とにかく寒い。昼頃を除いて相変わらず防寒のつなぎを着て作業しています。昨日は雨。 この時期は果樹の芽が吹き出すのですが、雪解けが遅かったので、果樹の生育も遅れ気味。
「寒くて多湿」はこの時期は良くありません。寒くても乾燥していれば良いのですが、低温高湿度はりんごの「モニリア病」が多発する危険が高まります。また、サクランボも「幼果菌核病」の発生、多発が心配されています。
どちらの病気も「葉ぐされ」「実ぐされ」を起こしますので、果樹園にとっては大敵なのです。昨日、普及センターより農協を通して注意を喚起するFAXが出されました。
低温・降雨による湿潤なのは、今年は全道的な気象傾向ですが、せめて寒くても乾燥しているならば、まだ救いがあります。次回の防除(薬かけ)は、丁寧に行おうと思っております。
留萌市のFMもえる「FM緑の風通信」を隔週でやっています。去年から当初は「りんごの木の下で」という番組で、主題歌から取った番組名でした。しかし、新たにスタートさせた「FM緑の風通信」には、ふさわしい主題歌がありませんでした。タイトル(導入部)の音楽は、マルタのサックスによる演奏を使って、ごまかしています。
しかし、数週間前にAMラジオで偶然聞いた「グリーン・グリーン」と言う歌を聴いて、これだ!と直感したわけです。歌の調子も楽しげで、番組名にも合うし、これを使かおう!と思い立ちました。でも、誰が歌っているのか判らなかったのです。まぁ、googleで調べればなんとかなるさと思って検索して、ようやく1960年代に流行したThe New Christy minstrelsと判明。
それからついでのあるごとにCD屋さんを探しました。最近はオムニバスが流行っているので、昔の歌を集めたCDに入っていないか片っ端から探しましたが、見つかりませんでした。滝川の大型店や札幌ヨドバシカメラ、いづれも見つけることは出来ませんでした。これは相当のCDが揃っている店でないとだめだぁ。しかし、探すのもかなりの時間がかかる?・・。
そんなわけで、まぁー、じゃー一応、amazon.comを見てみようと検索しました。
「green green」と入力すると2千何百とヒットしますし、green dayなどがでてきます。どうやら、同じ単語を二つ重ねても、検索が絞られないみたい。そこで、仕方なく、greenでヒットしたのを一画面づつチェックしたところ、やっと出てきました。
ジャケットの写真は無く、在庫は一枚との事、その後の画面で、由記さおり・安田祥子姉妹も歌っている事が判明しました。
そうだ、ミセスパワーのときはこちらを使って、果樹協会青年部の時はオリジナルを使い分ければ、さらに効果的と思い、速攻、ネットで注文し、昨日到着したのでした。次回の放送から使えそうです。もちろん、このCDはFMもえるに帰属させ、著作権上問題なくするように配慮します。
お目当ての本やCDを探す場合、ネットでの検索は便利ですねぇ。今回初めてamazonを使って買ってみました。「なんかないかなぁ」と漠然と漁る場合は、書店やCDショップが良いですが、いざ検索するとなると、店ですと余計な時間と、大型店ならばそこまで行くエネルギーが必要となり、まったく不経済です。
今後もネットの買い物が増えそうな予感がします。そうそう、「グリーン・グリーン」ってのはこんな感じの曲です→こちら(midi) or オリジナル試聴
私の場合、農作業は、主にオーバーオール(つなぎ服)を着ます。今日、朝は寒かろうと思い、防寒のつなぎを着ましたが、10時過ぎには暑くなり、薄いつなぎに着替えました。午後から時々小雨で、やはり肌寒く、防寒つなぎを着ました。
午前中、自治会会計の各種寄付、負担金を支払うべく役場へ行きましたが、会う人会う人から「今年は寒いなあ」と声かけられました。私としてはこんなモンではないかと思うのですが、確かに「暖かい日」が少ない春となっています。
果樹の生育はどのくらい遅いのかよく分かりませんが、とにかくリンゴの芽の状態は写真のとおりです。(スターキング)。写真の枝部が白いのは、石灰硫黄合剤をかけたからです。プルーンの芽も動きだし、青みが見えてきました。
果樹園地帯である暑寒沢のさらに奥の地名は「山の神」と呼ばれています。その道路縁に雪解け時期だけの池になる場所があって、そこは水芭蕉がプチ群生しています。今日あたり満開かと思い、行ってみました。
写真のとおり、まぁ7部?9部咲きなのでしょうか。それにしても今年は花の大きさが貧弱だなぁと感じました。初めてデジカメを買ったときの映像がありました。1998年4月26日映像です。これに比べると、葉の大きさも違うことから、今年の満開はまだ後かも知れません。2?3日後にも行ってみようと思います。7年前と比べると今年はかなり生育が遅れているようです。
果樹の花が咲くのは今のところはっきり予想できませんが、花時期の霜は毎年心配されます。
花がつぼみから落花時期にかけての降霜は、雌しべが凍る事により細胞が破壊されるため、結実不良となります。降霜は、その晩の時間経過と温度低下の度合いにより、数時間前に予測が付きます。そこで、もし、霜が降ると予想されれば、果樹園では指を咥えて空を拝んでいる訳にもいきません。果樹園内あちこちに「たき火」か燻煙により少しでも被害を少なくするように努力します。
しかし、「野焼き禁止」の規制もあり、何でもかんでも燃やされず、籾殻を燃やす事にしています。そこで、その籾殻を前もって運んでおこうと言うわけで、今日、果樹協会の若手?12名で、稲作農家から籾殻を収集してきたのです。
2班に分かれて袋詰めを行いましたが、私の行った稲作農家では籾殻は屋外に置かれていたため、雨水を吸って重たくなっていました。こんなに湿気っていれば燃えるわけないので、いざ役に立つのか不明です。ただ、別の班の籾殻は乾いていたので、ほどよく使い分け、乾いたのに点火して後、湿った籾殻をかけて燻煙すれば効果的かもしれません。(Photo by Kabuken)
今日は憲法記念日と言うことですが、国民の多くは連休の過ごし方の方が重要のようです。しかし、戦後60年にして、ようやく「憲法」を真剣に考える機運が高まってきました。
国民の一人として私の意見を言わせてもらえれば、「改憲に賛成」です。アメリカに占領されたのに、再び独立出来たのは何故なのか私にはまだ勉強不足ですが、すでに独立国として53年(確か)経つのに、未だにアメリカの軍事力によって守られているのは事実です。人によっては「アメリカの53番目の州」と皮肉っぽく言う方もおります。しかし、日本は永遠にアメリカの州には成れませんし、そのつもりもありません。
「独立国」である以上、憲法くらいは自分達で作り示して行くのが当たり前と思うのです。もちろん「戦争放棄」は第一に詠っていて良いと思います。しかし、防衛は明確にしておくべきでしよう。お隣の国が怪しい動きを示す中、きちっとした日本の態度を示す意味でも、憲法論議は速やかに深めるべきと思います。
法律は時代とともにその時の価値観で多少の変化はあってしかるべきです。その時代に即応できる柔軟な思考力でこれからの日本をリードしてほしい思っています。
今日は、苗木を植える作業を一日していましたが、ふと空に目をやると、ツバメがめまぐるしくたくさん飛び回っていました。夕方、写真を撮ろうとカメラを向けましたが、動きが速すぎて、シャッターをいくら切ってもうまく写りません。右の写真はようやく撮れた一枚です。ドックイヤーで進む現代の世の中。シャッターの切るタイミングが少しずれただけでも被写体を捉えるは出来ないのです。
本日、今年第一回目の薬剤散布を行いました。散布薬剤は石灰硫黄合剤です。枝にはびこっている病原菌を消毒しリセットする意味で、芽が動き出すこの発芽期に行います。その他にもマシン油乳剤も使いますが、こちらはダニの卵やカイガラムシを退治する目的です。油膜によって害虫が呼吸困難になるらしい。石灰硫黄合剤でも害虫にも効きますが、希釈倍率を高めなくてはなりません。今回は石灰硫黄合剤を約10倍で散布しました。
りんごとサクランボも散布しなければならず、スピードスプレヤー(SS)で散布しました。午前10時過ぎにS共同で使っているSSがあいたので、気合いを入れて取り組みました。
天気は回復し晴れてきましたが、少々の風が気になっていました。しかし、SSは共同ですから、後の人もつかえている事と、散布時期はこれ以上遅いと散布タイミングを逃すため、風があっても決行しました。
終わったのが夕方でしたが、結局終始微風からやや強めの風が常に吹いていました。風向きも一定でなく、あちこちから吹いていました。何故、風が大敵といいますと、まず、散布の霧が風に流されて、肝心の枝に付着しないことです。しかし、石灰硫黄合剤は、もう一つ理由があります。
SSの後ろから風が吹くと、運転している私にもろに薬剤が降りかかることです。これの霧が少しでも目に入ると、その刺激たるやすごいものがあります。涙は止まらないし、かといって目をつぶっては運転出来ないし、目をつぶっても涙に薬剤溶けてさらに目にしみるようになって、さらに涙です。
薬剤の危険性はアルカリ性の為か、衣服に濡らされたままその部分が肌について湿布状態が長く続くと、皮膚がかぶれます。そのかぶれは、なかなか治りづらいので、その点も注意が必要です。
薬剤は原液は赤みを帯びています(六十ハップと同じ)が、水に溶かすと黄色です。しかし乾いた後は白くなります。SSも真っ白くなり、終わった後の洗車も大変です。機械内部にもアルカリ性の為錆びやすいと思われ、私は最後の散布はマシン油を一タンクかけたので、機械やパイプ内部の洗浄も兼ねました。








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