5月 062018
 

ミツバチが7日夕方に入園するとの事で、それまでサクランボやリンゴへ防除する必要があります。
5日早朝よりSSを持ってきて準備していたんですが、空模様が悪くずーと待機してました。5日の15時頃、道路も乾いてきたので防除開始したんですが、また雨になってしまいました。一タンク分は雨に流された感じです。

6日本日は夕方から雨予報ながら朝は曇り。早朝4時半より行動を開始し昼までなんとか防除を終えました。

SSはキャビン~。やっぱりいいですねー。早朝の寒さからも守られるしクーラーも効くし、ただエアコンで喉が渇くのが玉にきずかな。

【りんご】 3.5タンク (池田畑一タンク分はかけなおし)
殺菌剤:ベフラン液剤      1000倍
殺虫剤:フェニックス顆粒水和剤 4000倍

【なし】 1タンク
殺虫剤:フェニックス顆粒水和剤 4000倍

【さくらんぼ・プルーン・桃・梅】 4タンク
殺菌剤:サンリット水和剤    2000倍
殺虫剤:フェニックス顆粒水和剤 4000倍

尚、5月4日にはブドウへ殺虫剤を散布しています。こちらはピーチ号です。

【ぶどう】 1.5タンク
殺虫剤:スミチオン水和剤 1000倍

5月 042018
 

5月2日、お隣の道路際のヤマザクラが満開を過ぎて、散りはじめ

遊歩道のさくらは、満開直前となり、ブドウの下にさくいつもの白いエゾエンゴサクは、鮮やかにさいている。

さくらんぼの花が動き出した

4日本日になりサクランボは開花はじめとなり、あちらこちらで防除する音がなりだしました。

4月 262018
 

剪定した枝をなんとか片付けたので、午後からの農業委員会会議の後、リンゴやプルーンなどに石灰硫黄合剤を散布
しました。午後から風が強くなり薬剤散布には適さない天候でしたが、このチャンスを逃すと、リンゴの芽がどんどん動き出すので、作業を強行。夕方には風が収まりましたので、まぁ、結果的に良かったかとおもいます。

しかし、後ろからの風が来た時、相当量の薬剤がカッパから滴り、座席にたまり難儀しましたが、作業用ゴーグルをつけていたため、目への刺激はほとんどありませんでしたネ。ゴーグルは毎回洗わないと、すぐに汚れで見えなくなりますが、メガネは必需品です。

【りんご・プルーン・桃・梅】 4タンク
殺菌剤:石灰硫黄合剤 11倍

4月 092018
 

日高晤郎さんの追悼番組をボロボロ涙を流しながら聴いていた農家さんも多かったでしょう。実は私もその一人でした。

さて、毎年5月最後の日曜日に開催される「増毛町エビまつり」。そのPRに日高晤郎ショーに何度か行っていました。記憶は定かでないですが、エビ祭りの企画会議でラジオPRしようと画策し、晤郎ショーに行こうとなったのでした。

私の記録ではまず2002年5月25日早朝、当時町会議員だった渡部さんと私とでSTVへ向かいました。

次の日はPRが効いて大盛況でした。

2003年は5月24日、クニマレの一升瓶も持って行いきました。もちろんエビも一箱持って行ってますよ。

2004年5月29日は、私と渡部さんと町長の3人で出向きました。

エビ祭りの例年大盛況は晤郎ショーの功績が大きい事から、町長から晤郎さんに感謝状を授与しました。

2005年5月28日も行きましたよー

ブログ記事はこちら http://kajuen.net/senboku/archives/238

晤郎さんは、プライベートでスタッフを連れて増毛町に来て、クニマレや佐藤果樹園にも尋ねられていています(私は会ってないのですけれど)。番組内の「北の出会い」でまつやま養蜂園も紹介されていました。

増毛に来る時、札幌から北に向かって行く望来の手前からの景色がとても気に入られていましたし、

増毛町もとても贔屓してくださり、増毛町としても日高晤郎ショーには大変お世話になっております。
エビ祭りは、あまりの人の入込でエビ不足などしたため2006年から晤郎ショーへのPR活動はなくなりましたが、晤郎さん始めスタッフの方々には、親切に接して頂きましたし、増毛町を存分にPRして頂きました。

改めて日高晤郎さんのご冥福をお祈りし、深く感謝いたします。

4月 082018
 

4月3日午前10時48分日高晤郎さん永眠のニュースが各メディアを通じて流れた。私はSNSで午後になって知った。7日の土曜日にはSTVで追悼番組が放送された。

私はここ2年位前から政治社会情勢の情報番組を聴く機会が増え、日高晤郎ショーからは離れていた。でも晤郎さんの並はずれなストイックさ、ラジオへの真剣な取り組み方は好きだったし、尊敬していた。

私が初めて晤郎さんの声を聴いたのは約36-7年前、ようやくトランジスタラジオがポケットサイズで販売されるようになった頃。当時はNHKは良く聞こえたが、HBCやSTVラジオは札幌送信所からの電波で、増毛では非常に弱くHBCは雑音まじり、STVはさらに弱い状態であった。

私はポケットラジオを胸ポケットに入れ、わずかに聞こえるHBCラジオを仕事しながらよく聞いていた。金曜日の10時頃だったか、HBCで「斉藤せいほうショー」?だったか、悩みを解決して占う「節分過ぎればまた日は昇る!」とフレーズの超人気番組があった。私も当然聴いていたのだが、ある時何気にチューニングをSTVに合わせると(当時は頻繁にダイヤルを回さないと聞こえなくなるので)元気て早口だけどはっきりとしパキバキした声が聴こえてきて、それが日高さんだった。それ以来金曜日にはSTVに合わせるようになっていた。30年位前かな、留萌にも送信所ができ、増毛でもHBCやSTVが強い電波ではっきり聞こえるようになり、益々ポケットラジオを忍ばせて仕事をするようになった。
日高晤郎ショーはまずは9-16だったかわすれたけど、やがて現在の9時間生放送となった。

晤郎ショーでは「駆けつけ3曲」「千秋幸雄のクイズでよいしょ」、キーワード3つ共通の曲が流れると視聴者に10万円があたる「ミュージックビンゴ」など懐かしいプログラムがあったなあ。また、笑いあり涙あり感動ありと、日高晤郎ショーは毎回楽しみに聴くようになっていた。

つづく

4月 062018
 

4月6日午後より留萌市文化センターでJA南るもい農業業同組合の総会があり、私は増毛町農業委員会として来賓参加しました。

組合員でありながら私や留萌・小平の各農業委員会会長らは来賓席なので、あらかじめ書面議決書を提出しております。

しかしながら、議場に出席した組合員は少なく、ほとんどの組合員が書面議決しており寂しい総会の感じは否めませんでしたねー。

尚、今回は役員交代の年で、理事監事数名が新人と交代しております。

3月 312018
 

更新がすっかり放置状態でしたが、写真は何枚か撮っております。3月に撮った写真をアップしておきます。

3月21日の暑寒別岳

ズームしてみますと、山岳スキーのシュプールがたくさんありました。今年はさすがに中央のくぼみに挑戦した人はいないみたい。(こちら参照2017/3/13投稿

同じく21日夕刻に、畑から沢に上がって行くと、カラスが後方を飛ぶのを感じ留まった樹の方向を見るとカラスではなくクマゲラでした。イヤーっ久しぶりにクマゲラに会えました。

3月25日、13:40頃、月が昇っておりましてちょうど南下する飛行機が来たっ。もしかして月と機影が重なるのか?と期待しましたが惜しくも残念。

トンビが近くを旋回していたので、一応撮りました。これまた月とは別方向で飛んでいて、ありふれたトンビ映像ですが、意外と目にピントが合っていてなかなか良い写真がとれたかと。

以上、3月末をしめっくる投稿といたします。

3月 102018
 

3月10日、晴れ。剪定作業をしていると14時頃一機の飛行機が増毛上空を通過した。

成田発ロンドン行 BA6便だ。

2年前の今日、オレはあのBA6便に乗ってたなあ。懐かしいのおー。
って訳で、本日3月10日はオレの渡英記念日。ブラムリーの原木を見たいとの一心で挑んだ一人旅の大冒険。不安と期待の機中でした。あの時は増毛海上上空を通過していったんだけどネ。

改めて2年前のリポートをリンクしておきますので、まだ読んでない方は是非みてください。自分も行った気分になりますよー。

【UK一人視察旅① 】準備編
【UK一人視察旅②】 出発
【UK一人視察旅③】 ロンドンのホテルへ
【UK一人視察旅④ 】King’s Cross St.Pancras
【UK一人視察旅⑤】 EMR視察
【UK一人視察旅⑥ 】FMもえる生中継
【UK一人視察旅⑦】 ロンドンからsouthwellへ
【UK一人視察旅⑧】 Bramley Apple Inn
【UK一人視察旅⑨】Southwell Town 上編
【UK一人視察旅⑩】Southwell Town 下編
【UK一人視察旅⑪】Willoughby House B&B夕編
【UK一人視察旅⑫】Willoughby House B&B 朝編
【UK一人視察旅⑬】The Original Bramley Tree
【UK一人視察旅⑭】Starkey’s Fruit 果樹園編
【UK一人視察旅⑮】Starkey’s Fruit 加工編
【UK一人視察旅⑯】Big Ben -London
【UK一人視察旅⑰】London Bridge
【UK一人視察旅⑱】Queensway
【UK一人視察旅⑲】Heathrow Airport
【UK一人視察旅⑳】最終回:帰国
【後日談】地元新聞に載る

3月 072018
 

留萌観光連盟が発行編集するEeZo(エーゾ)VOl.2(2月28日発行)に去年撮った阿分神社の写真が掲載されています。

エーゾは、留萌管内の情報をアピールするフリーペーパー。Vol.2では増毛山道の話題や松浦武四郎の足跡、ニシンにまつわる料理、管内で活躍している方々の紹介などアップされていて、まさにエーゾは町おこし情報誌です。

その中の見開きページに「魅せられる風景」で私の撮った阿分神社の写真が紹介されています。

さて、阿分神社向いている方角は約294度で、立夏と立秋の日に日没角度と同じ。今年2018年の立夏は5月5日です。

改めて角度を見てみると
https://almus.iic.hokudai.ac.jp/databases/x10508/Srss2.html
(上記リンクはエンコードが違うと文字化けするので注意)

ハイ!やっぱり5月5日もしくは6日に阿分神社鳥居の延長上に日没しますネ。今年も楽しみです。

3月 052018
 

これまで暑寒沢地区ではアライグマの被害は見られませんでしたが、昨年遅くに足跡の目撃情報があって、ついに暑寒沢にもアライグマが出没し始めているようです。
アライグマは手先を器用に使うため、木に登ったり野菜や果物の食害、倉庫などに住み着いて悪臭の元となったり、これまでに無い被害が予想されます。

元々アライグマは日本には生息していなかったのに、ペットとして北米から輸入され、見た目の可愛さと裏腹に意外と凶暴でペットとして手に負えなくなって、野生に放した事がそもそもの原因とされています。アライグマは、繁殖も旺盛で、現在では北海道中で被害を及ぼしています。

北海道では特定外来種生物に指定して、数を減らそうとしています。

2月9日文化センターで、アライグマ捕獲に関しての講習会がひらかれました。約70-80名が参加したのではないでしょうか。

講習を受けると、アライグマに限って箱ワナなどによる捕獲・防除が出来るようになります。後日送られてきたのがこの防除従事者証です。

防除に関して制約などありますが、より多くの町民が認証をうけて防除し、アライグマの根絶に向けて行動を起こす必要がありそうです。

1月 112018
 

今朝久しぶりに晴れ青空です。望遠レンズつけてカメラを持って出かけると、居ましたオオワシ。

やや逆光で遠い。トリミングしてようやく

灯台を取り巻く木々の雪化粧がきれてでした。

で、古茶内に行って見ますと今年もオジロさんがいました。しかもすごい近くで撮れたので、感動です。

1月 092018
 

増毛町新年交礼会が9日15:00よりオーベルジュ増毛で開かれました。
会場には増毛町の産官学の長らが約100名ほど参加。私は農業委員会会長の立場て出席しております。

国歌斉唱の後、町長、議長らの挨拶や、漁協組合長の本年の抱負が述べられました。

その後、商工代表の音頭で乾杯。
懇談で私は何となくテーブルをかこっている農業関係の場で立食。しかし、やっぱり立食はなじめないですよー。せっかくの料理が食べにくいし、あずましくない。疲れる。それになんといってもお行儀が悪いというか、美しくないというか、日本的でないし・・・・などと思いながらも、時は過ぎ

最後は農協組合長の発声で三々七拍子でしめっくられました。

1月 022018
 

平成30年2018年、元旦となりました。

12月の自治会総会で新年会を元旦を外す意見がありましたが、暑寒沢ではやっぱり恒例となっている元旦に新年会をやる事となり、暑寒沢稲荷神社初詣を兼て行ってきました。

天候は晴れていてほんとに穏やかに新年を迎えております。今年は戌年という事で、看板犬?にポーズをとってもらってパシャリ

本年もよろしくお願いいたします。

12月 312017
 

2017、平成29年酉年も大晦日となりました。
昨日もちょこっと晴れ間がありましたが、本日もイイ天気。せっかくなので、酉年の鳥の撮り納めしてまいりましたのでアップしておきます。

今年もいろいろお世話になりました。来年もよろしくお願いします。

12月 062017
 

11月30日、農業委員会の代表者集会は午後からなので、午前中の時間を使って靖国神社参拝に一人で行ってみました。

地下鉄を乗り継いで「九段下駅」出口1を出てゆるい坂をのぼって行くと大鳥居が迫ってきます。

午前10時頃、ウイークデイなので人はまばらです。

 

高校の修学旅行で東京へ来ましたが、靖国神社はもちろんコースにはなくて、今回初めて訪れる私。

超党派議連の61人が靖国神社に集団参拝(12/5)のニュースが出てましたが、私は一足先に参拝したことになります。ってか、国会議員だろうが総理大臣だろうが靖国神社参拝を大きくニュースに取り上げられる自体、まったくどうかしている日本のマスコミでございます。だって、靖国神社は日本国内にあって誰でも行きたい人は参拝できるわけですからねー。
中国韓国のディスカウント日本キャッベーンに便乗するマスコミは全く異常でありますよー。

巨大な鳥居をくぐると、幅の広い参道の両側は紅葉の真っただ中でした。

大村益次郎銅像

手を清めて神門をくぐりおごそかに参拝いたしました。

時間も無いので、右手にある遊就館に行って見ましょう。

戦地で活躍したSLが最初に目に入ります。入場券を買って改札し、まずはエスカレーターを上がっていく順路です。

ココからは撮影禁止されており、写真はないのですが、西南戦争から大東亜戦争、ソ連侵攻に至るまでの解説やいろいろな展示が各部屋に仕切られ細かく見ることができます。私は時間がなく、展示の解説を読むことなくササッとひやかす様に巡っていました。

最後の展示場では戦死された方々の遺影がびっしり壁を覆うように何千何万の写真がはられておりました。写真の下にお名前と出身地、戦死した場所が記されており、北海道出身者を探すとすぐに見つかりその10枚ほどの部分は「メレヨン」で無くなった戦士の部分でした。

こんなにたくさんある写真の中からすぐにメレヨンを見つけられたのは、きっと今野清次郎さんが導いたのだとすぐに悟りました。(当ブログアーカイブ参照)

-->今野清次郎氏逝く=その1=

-->今野清次郎氏逝く=その2=

-->メレヨンの声

遺影のブースにはおそらく遺族から寄贈されたらだろういくつもの花嫁人形が飾られ、自然と涙があふれて来る私でした。

大展示室は写真撮影可なので、いろいろ写しました。

ふるいタイプの戦車は、人間魚雷と呼ばれた回天の実物があり、回天は小型潜水艦かと思わせるくらいの大きさでした。

   

  

特攻についての展示もありました。南九州市知覧にある特攻記念館は何度か行った事のある私ですが、現代人の私はやはり特攻は無謀な作戦としか言いようがありません。しかし、それを遂行した若き先人の勇気と国家や家族を思う強い心には改めて敬意と感謝の気持ちが湧いてきました。

もう集会までの時間が迫っており、駆け足で巡った靖国神社でした。鳥居を出てかるくお辞儀をして戻ってきました。