5月 192017
 

私も所属している萌州沿岸塾は、19日18:00より苫前町ふわっとにて月尾嘉男自然塾を開催。東京大学名誉教授、自然塾長月尾嘉男氏を招いて公開講座を行いました。留萌管内での自然塾開催は3年ぶりかな。

私も途中までですが先生の講演に参加してきました。題目は「日本が世界地図から消滅しないための戦略」


ローマによって滅ぼされたかつての繁栄国カルタゴや、地理的有利性を活かして世界の貿易を席巻し衰退したベネチア、対抗したポルトガル・スペインの世界制覇の歴史を振り返り、現在の日本と多くが共通する。一方中国は膨張を繰り返しやがては日本をも呑み込もうとしている現状。
この現代の日本のあり方を正しく認識し、どう備えるべきか、どう対処すべきかとの大変濃いないようでした。

最後まで聞いてきたかった私ですが、FMもえる生放送のため7時頃退席し、残念ながら結論の所を聴けませんでしたが、世界的な視点で見つめる事や、紀元前からの人類の歴史にも目を向けるなど、大きな視野から現在を見渡す必要性を感じました。

【26日追記】

1月 062017
 

果樹協会長でなくなって、私の肩書もないようなものですが増毛町新年交礼会に出席しました。1月6日15:00よりオーベルジュましけで行われました。

国歌斉唱の後、掘町長の挨拶などの後、立食パーティーの形で増毛町の各方面の方々に新年のご挨拶をおこないました。

12月 082016
 

12月4日をもって増毛線が廃止となりましたが、12月3日、4日にJRを撮ったので、その写真をアップします。撮影には私しか撮らないだろう場所、つまり近くは誰でも撮るだろうから、あえて列車から離れてしかも増毛の鉄路にとっては欠かせない港や海を入れるように意識して撮影場所を選んでみました。

12月3日の模様 増毛港より
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増毛港突端の赤灯台から望遠で朱文別や阿分瀬越を狙ったが、300ミリズームレンズでは貧弱すぎで、列車を発見できないまま夕方になってしまった。
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気が付くと引き返してきた列車は増毛駅に着いており、遠くばかり気にしていたオレの最大のポカであった。深く反省。
晴れていれば暑寒別岳が雄大に見えたであろうこの景色。もっと以前に撮っておくべきだった。
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暗くなった前日の増毛駅
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灯台の光線と重ねられるのもあと一日・・・・
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夜間の中歌。ヘッドライトも物寂しい輝きだ
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いよいよ12月4日、ラストランを控えて日中の模様

やはり暑寒別岳は曇って頂上まで見えなかった
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釣り人の背中も寂しく
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昔はあの辺まで砂浜の海水浴場だったかな?
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陸橋には大勢のカメラマンが撮影中
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これは赤灯台から望遠で狙った阿分神社通過の様子。昨日はこれを狙ていた
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阿分漁港に行って、増毛行きを撮ってみた。あとから気が付いたが阿分の墓地が写っていて、ご先祖様も最後の汽車を寂しく見ているのだろうと思うと、なんだか申し訳ない気がした
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阿分神社通過。プロのテレビ取材者らしき人影も
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海とトンネル。波が高い
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増毛港に戻ってくると、ほどなくして留萌行発車となった
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船と汽車、あえて白黒にしてみた
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上の白黒と対比すると、時代の変遷をしみじみ思う
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ライトラン一本前。霞でややぼけた三日月
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灯台の光跡と写したのはこれが最後の写真となった
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そしてラストラン一本前の列車は発車した
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12月 042016
 

12月4日、とうとう本当に最後の最後の最終列車が発車して増毛線はなくなってしまいました。
40年前高校通学で毎日お世話になった増毛駅も今日をもって廃駅となります。私よりもやや上の団塊の世代の方々が増毛を旅立つ時や学校の先生の転勤時など、列車発車の時「蛍の光」がホームに流されていた事を思い出す。
今晩、本当に最終列車を見送ることになり駅には多くの町民が集まり、暑寒アンサンブルによる「蛍の光」生演奏の中、ペンライトを振って見送った。

12月1日の模様 :abemaTV 

1月 072016
 

1月6日15時より恒例、増毛町・増毛漁協・JA南るもい共催の増毛町新年交礼会がオーベルジュ増毛で開かれました。

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今回は新町長になって初の交礼会とあってか、出席者は多かったように思います。増毛町議会議員や各産業団体などから約100名越えの参加があったかとおもいます。

【7日追記】道新記事はこちら

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7月 262015
 

昨日7月25日、第58回増毛町観光港まつり花火大会が増毛港で行なわれました。で、広角レンズと三脚、レリーズを用意して写真を撮りに行きました。

あれ、もしかすると廃止検討になったJRと重ねられるかもと、調べると花火開始19:45、増毛駅着19:40~発19:48。つまり増毛駅停車のJRと3分間重複。これはいいシャッターチャンス!

しかし、イザとなると花火は思ったよりも低いし、ウカウカすると発車しそうだし、構図決めるのあわただしいし、で、何とか公開できそうな写真はこちらの2枚だ。

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JRは無情にも発車し、仕方なく駅舎を撮る

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ついでに停留所

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やっぱり港に行かなくては。岸壁まで歩いて最初、船と重ねてとっていたのですが、構図がイマイチ。ちょっと移動してみると海面に花火が写っている~!奇麗!花火と反射した花火で2倍のお楽しみです。

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花火は去年中止になり、その分今年は打ち上げ数も多かったはずですが、撮っているとすぐに終わっちゃった感じ。でもなかなか楽しめたひと時でした。

2月 082015
 

2月2日~6日まで繰り広げられた増毛町長選挙運動も終わり、7日(土曜日)の投票日即日開票の結果がでました。
覚書として北海道新聞記事をアップします。

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【11日追記】昨日の日刊留萌新聞記事

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11月 132014
 

 もう16年もなるんですねー。
 当時は若さをアピールし、旧態のサビた部分のある町政を批判して選挙を戦った。当時は選挙スタッフは皆、若くて勢いは俄然あった。選挙の方法なんて判らない事だらけでしたが、それでも精力的に緻密に選挙戦を繰り広げていた。そして勝利してはや16年となり、今度は批判を甘んじて受ける立場となる。
 石崎町政が4期で終止符となる事には少々寂しさもあるが、昔の私でしたら長期政権への批判は痛烈にしていただろうとの思いも交錯する。出馬不出馬は本人が決める事であるので、どうのこうの言う立場ではありませんが、4期16年務めた石崎氏へはご苦労さまでしたと労いたい気持ちです。

 今日の新聞記事は、増毛町の長い歴史の中でも重要な分岐点でもあると思うので、アップしておきます。

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