3月 292016
 

wp2016-03-28-10-20 wp2016-03-29-01B&Bとは、ベッドと朝食(Bed and Breakfast)の略。3月12日土曜日の宿はウイロビーハウスB&B。
WILLOUGHBY HOUSE B&B)。経営者はスザンナさんだ。

スザンナさんとは日本を出発前にブラムリーファンクラブを通してFacebookでつながり、今夜の予約となった次第。(スザンナさんはロシア出張のため、今回は会っていない)場所はNorwellと言う小さな集落で、商店街とか無いみたい。のどかな村のイメージだ。乗馬する方もいるようで、道路に車に踏まれた馬糞が落ちていた。今時馬糞なんて、ひどく懐かしい。

wp2016-03-29-02 wp2016-03-29-03案内された、私のお部屋は「Bobby’s Room」。階段上がって1階(日本式では2階)のキングサイズベッドのお部屋。昔、ボビーさんが使ってたのかな?と思わせる机があった。

wp2016-03-29-04 wp2016-03-29-05ここのB&Bはさすがスザンナさん、女性のきめ細やかなお部屋づくりとホスピタリティー。バスローブが用意されているし、バスルームは映画007に出てくるようなガラス張りのシャワーだよ。鏡にはお化粧落としのグッズまで用意されていた。

wp2016-03-29-06B&Bだから夕食は基本的に出ない。時差ボケなのか夕方になってもお腹は減らないが、300メートル離れたところに食堂兼パブの「PLOUGH INN」があるから、夕食はそこに行くようにとスザンナさんからメールを受けている。日本人が行くと先方に知らせてあるらしいので、夜道を歩いて行ってみた。

wp2016-03-29-07 wp2016-03-29-08昼間のgoogleストリートビューはこんな感じなんだけれど、夜道は誰もいない。静寂の中を一人コンデジ持って歩いている日本人が一人。おそらくかなりの不審者だよ~と思いつつ、PLOUGHの入口に着いた。別のお客さんが待ち合わせて入店するらしいタイミングで、お先に~とドアを開けた。店内に古い写真が飾ってあって、馬の時代から営業しているらしい。

wp2016-03-29-09ではビールを戴ましょう。イギリスでは冷え冷えのビールは出てこない。かといって「ぬるい」って程でもない。まぁ温度は普通の水道水並みか?日本ではビールは冷え冷えが美味しいのは、間違いない。しかし、苦みは薄いが深みがあるイギリスのビールは、冷えてなくても美味しいと私は思う。お腹冷えないしネ。
土曜日の夜と相まって、お店は沢山のお客さんでにぎやかになってきた。マスターは小さな集落だけれど、お客さんがよく来てくれると、話していた。

お客さんの一人がカウンターに座っている私にわざわざ声をかけてくれて、日本のどこから来たのかなど聞かれた。もうこの時点で私の英会話は臆する事はない。マスターともいろいろなお話をした。

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結局ビール3杯飲んで、B&Bに帰って来たのでした。

3月 282016
 

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wp2016-03-28-10-5 wp2016-03-28-10-3サウスウエルの大聖堂、ミンスター(Minster)は素晴らしい。過去にNZ(ニュージーランド)のクライストチャーチの大聖堂(2011/3地震で崩落する前)を見たが、歴史の重みなどサウスウエルミンスターは一ケタ違うと感じた。石の彫刻も素晴らしいが、木工品の彫刻も手が込んでいる。手すりの足下にネズミが居た!

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当時の職人の悪戯だったらしい。ネズミはこの他にも何匹かどこかに居るんだが、ミサに訪れた子供たちがあちこち隅々を遊びながら探すという。そうして協会への親しみを持つようになる、きっかけがこのネズミなんだそうで、当時の職人のニューモアが伺える。

wp2016-03-28-10-6外壁も中世の雰囲気満載。ここミンスターは、サウスウエルのランドマークにとどまらず、サウスウエルの人たちの魂の拠り所なんだろうなと思った。そのミンスターの敷地内のお墓に案内された。
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wp2016-03-28-10-8墓石にはHENRY MERRYWEATHERの文字。ブラムリーを世に広めた人物ヘンリー氏のお墓だった。つまりロジャーさんたちのひい爺さん。この方がいたから、私はわざわざ渡英して来た。なんとも、感極まりながら写真は撮ったが、今にして思えば日本式でいいから手を合わせてお参りをすべきだったと後悔している。

では皆で記念撮影だ。マリアさんがシャッターを切ってくれた。
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ミンスターのすぐ隣にはインフォメーションセンターがあって、観光パンフやいろいろなグッズが売られていた。お昼となり隣のレストランで、みんな揃ってランチを食べた。私は朝食が重たくて、さほど食べられないので小さめのパンとスープにした。
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昼食後は町中を散策

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wp2016-03-28-10-18 wp2016-03-28-10-19毎年サウスウエルでは秋にミンスター内を飾りつけし、ブラムリー祭りが開かれるが、そのデザイナーやスタッフたちも住民たちだ。彼女らの小さなお店も見て回った。
マリアさんは、勉強があるとの事でこの後お別れした。
wp2016-03-28-10-17 wp2016-03-28-10-16図書館には、去年ブラムリー祭りで飾られた、子供たちがペットボトル200個を使って作ったブラムリーりんごが置いていた。また、昔はSouthwellは方言なのかサウザルと呼ばれいたというパネルもあった。

12822110_10205931917033504_21068558_nちいさな果物屋さんには、本物のブラムリーリンゴが売られていた。もちろんCA貯蔵だそうである。町の人々は、皆笑顔で私を迎えてくれていた。ほんと落ち着く良い街だなあと、づくづく思ったのでした。皆で散策した楽しい時間も終わり、駐車場に戻ると駐車場の係官が無賃駐車いないか一台一台検査していた。ジョンさんは早歩きで車に戻ったが、駐車時にちゃんと自動販売機から料金を払っていて、とがめられることはなかった。

wp2016-03-28-10-20ここで皆とお別れだ。固い握手をロジャーさんホーナーさんと交わした。私はジョンさんの車に乗り、次の宿である約13キロ離れたウイロビーB&Bまで送ってもらった。
ジョンさんに何度もお礼を言った。ジョンさんは運転席の窓を大きく開けて、手を広げた右腕を高く挙げたまま車を発進させた。私は車が見えなくなるまで、手を振って別れたのだった。

3月 272016
 

wp2016-03-27-02 wp2016-03-27-013月12日朝、宿である「Bramley Apple Inn」の朝食はイングリッシュスタイルだ。まず紅茶かコーヒーか尋ねられるんだが、せっかくなので紅茶を注文。ミルクをたっぷり入れて優雅に朝の雰囲気を味わう。コースターはリンゴの板だ。まもなく別の二人づれのお客さんも一階に降りてきて、窓際に座った。
そして運ばれた私の朝食。これが正真正銘のイングリッシュスタイルなのかあ。知ったかぶりしていたオレも本物を見たのは初めて。
wp2016-03-27-04 wp2016-03-27-05特別に味を付けていないようだが、目玉焼きの下に隠れているジャガイモ・マッシュルームにはソーセージやベーコンの脂の香りがしみている。朝からボリュームふっぷり。がんばって完食した。ちなみに、夜営業のバーはこんな感じで、宿主のパトリックさんがビールなどサーブしてくれる。
荷造りして宿泊代を払いチェックアウト。9時頃ジョンさん(ジョン・メリーウェザー氏)がやってきて、今日のスケジュールを記したメモを見せてくれた。wp2016-03-27-06ジョンさんは、パソコンで日本語訳をして印刷してきたと言う。ローマ字表記もして、日本語を話して伝えようとしてくれた。しかし機械による翻訳は、ニュアンスは分かるが完全な日本語とはならず、私は英文を読んで理解した。ジョンさんはちゃんと翻訳されているか?と尋ねてきたが、「まあまあだなぁ」という英語は私には浮かばず、手振りで答えたのでした。肝心のブラムリー原木視察は明日に持ちこし今日はジョンさんにお任せだ。

wp2016-03-27-07ジョンさんの車はレクサスのSUVハイブリッドだ。イギリスで日本車はそんなに多く見ないが、これはさすがに高級でしょ。ジョンさんはまず自宅に案内してくれ、奥さんを紹介してくれた。(数枚の写真撮る)
次に向かったのは、ルバーブ農家のベン(確か)さん宅。彼はいろいろな作物を自宅周辺の広大な土地に作付しているが、ルバーブ栽培で成功したそうだ。自宅の横にはたぶん会社なんだろうが、従業員らしき車がたくさん止まっていた。
wp2016-03-27-08 wp2016-03-27-09ルバーブは、不思議な作物で、株をある程度育て茎を切って、暗室に株を移して約2週間するとスルスルと茎が伸びる。それを収穫して出荷するそうだ。暗くすることで、甘みあるルバーブになるらしい。彼はルバーブのスペシャリストと自称する。彼の自宅?(建物がたくさんあるので)お茶をごちそうになった。畑での話は専門的だったので、私にはほとんど話の内容は分からなかったが、ジョンさんは何度も「All Right!」と納得していた。

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再びジョンさんの車でサウスウエルの街に戻ってきた。大聖堂であるミンスターの駐車場へ車を入れると、ロジャーさんと観光局などの仕事しているホーナーさん、ホーナーさんの娘マリアさんと合流した。

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wp2016-03-27-11 wp2016-03-27-12サウスウエルの人口は約7000人だそうであるが、人口の割りに大聖堂があるのはイギリスでも珍しいらしい。内部は厳かで歴史と格式がずっしりと感じられ、見ている私は緊張する。

wp2016-03-27-13 wp2016-03-27-14紀元前と言う石もあったし、石を細かく彫刻された部屋や、大きな絵画の間があったり、サウスウエルにとっても大変な歴史遺産だ。

また、ロジャーさんらが是非私に見せたいものは、ステンドグラスだ。大きなステンドグラスがあちこちにあるが、その中にブラムリーを模したステンドグラスがある。青色を出すのが難しく、どこかに特注したらしい。

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3月 242016
 

この旅の目的はブラムリーズシードリング(ブラムリー)の原木に会いに行く事。その原木はすぐ近く。

さて、私のこの旅には、ブラムリーファンクラブの方々が全面協力してくれている。Facebookやダイレクトメールのやり取りなどして、現地Southwellの方などに私が訪問する連絡が行っている。

ブラムリーりんご(Bramley’s seedling)は約200年の歴史がある。

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1809年 少女メリーアンがリンゴの種を庭に植えた
1846年 肉屋のブラムリー氏が庭とコテージを所有
1856年 苗木屋ヘンリー氏がその庭のリンゴの苗をブラムリー氏の名を付けることを条件に販売承諾を得る。
1862年10月31日 ブラムリーりんご販売開始。やがてイギリス中で栽培されるようになる
1900年 大風により、原木が倒れる
    しかしやがて、倒れた原木の根から新たに枝が延びてきて現在に至る。

まっ、ザっとこんな歴史なのだが、詳しくはブラムリーで検索してほしい。

ホテルの前で声をかけてくれた足を怪我して松葉づえをついていた男の人は、ヘンリー氏のひ孫にあたる、ロジャーさんであった。「後でゆっくり話そう、夜7時にまた来るよ」と言って別れ、私はホテルといってもB&Bなのだが、Bramley apple Innにチェックインした。お部屋は2階の道路側。
wp2016-03-24-01時差ぼけもあるし、まあ疲れた一日であったしベッドで少し横になった。すると電話ですよーとドアの外から声がかかり、身支度してドアを開けるとコードレス子機を渡された。「ハロー?」と一応出たのだが、ほとんど何を言っているのか理解できない。英語会話は顔を見ながらであれば何とかなるのだが、電話での会話は相手の表情がわからないので、英会話レベルが非常に高くなる。私のレベルでは無理。仕方なく電話の英会話は苦手であることなど伝えると、とにかく6時半過ぎに会いに来るという事らしい。まあ「OK」と言って電話を切った。

wp2016-03-24-02シャワーを浴びて時間まで横になり6時半になったので一階に降りて行った。この宿は一階はパブになっている。しばらくすると、電話の相手であったジョンさんが来た。ジョンさんもヘンリー氏のひ孫。つまりロジャーさんが兄でその弟のジョンさんだ。実はここには出てこないのだが、彼らの妹のセリアさんと私たちはFacebookでつながっていて、彼らを私に会わせたのはセリアさんが連絡してくれたおかげなのです。(セリアさんはイギリス南端のプリマス在住)

やがてロジャーさんもやってきて、ロビーのソファに座って、3人で語り合う。
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真ん中がロジャーさん、右側がジョンさんである。同じ町に住んでいる兄弟でも、なかなか一緒に写真を撮ることないと言っていた。まあ、日本でもそれはあるよねー。

会話はもうこうなると、英文法なんて言っていられない。とにかく話題のニュアンスを捉えることに集中し私も思いつく単語を連発してなんとか会話にこぎつける。やがて男同士、いつしか意思疎通がスムーズになっていった。イギリスの事や日本の事などいろいろな分野について語り合い、2時間ちかく語り合ったのでした。

wp2016-03-24-04ロジャーさんは、ブラムリーアップルの歴史について詳しく書かれた自身の本「The Bramley -A world Famous Cooking Apple-」にサインをしてくれて、私にプレゼントしてくれた。
ジョンさんが「明日の予定はどうするの?」と言われるので、私は一日中Southwell の町中を散策して夕方にタクシーで次の宿(隣町)に行くと答えた。レンタカーをあきらめたので、遠いところには行けないし、Southwellの町でものんびり回ろうと私は思っていた。すると、ジョンさんは、「私は車がある。私が案内するよ」と言ってくれた。私はモジモジして遠慮していたのだが、何度も誘ってくれるので、「それではよろしくお願いします!」と日本語でお辞儀した。
夜9時過ぎ、明日再会する約束をして二人は帰宅して行った。私は一人パブのカウンターで呑み直し。スタッフと少し会話した。

この宿、Bramley apple Innには原木の枝を使ったお飾りがあり、雰囲気を高めていた。
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3月 232016
 

wp2016-03-23-01wp2016-03-23-02 ビクトリア駅でおしっこしてからタブレットの地図を確認するとバッキンガム宮殿(Buckingham Palace)がすぐ近くだ。これはもったいないので行ってみよう。Google mapをたより歩く。水陸両用車みたいな観光用車や、屋根のないバスなどが行き来する。すると高い塀に囲まれたバッキンガム宮殿が見えてきた。
金曜日だけれどさすが一級の観光地?イヤ、イギリスの聖なる地バッキンガム宮殿は、観光客があふれていた。しかし、塀に入れるのは明日の11時?だったかなにやら注意書きの黒板があった。しかたなく塀の隙間からパチリ。

wp2016-03-23-03 wp2016-03-23-04うわさ通り、衛兵さんは微動だりしない。でも塀からじゃー遠いので衛兵さんの表情まではうかがえなかった。

wp2016-03-23-05 wp2016-03-23-06塀の隅で身支度していたら、若い中国か韓国系の女性から声をかけられた。「写真撮りたいので退いて」と言ったらしい。数メートル移動してその場所を譲ると彼女は、ポーズをとって被写体となっている。モデルなのか?なんでおめーの為にオレが場所を譲らにゃーならないの?ずいぶんわがままな女性ナルシストは塀の前でポーズとって何枚も専属カメラマンに写真を撮ってもらっていた。こんなヤツにかまっていられない。時間がないので、ビクトリア駅に戻り、地下鉄乗り継いでキングスクロス駅へ戻る。
wp2016-03-23-07 wp2016-03-23-08ホテルに預けていた荷物を受け取って、駅の窓口で往復切符を買った。ほぼ30分置きに北行の列車は出ているようだ。ホームは7番。お客さんは結構いるが、二人掛けの椅子は、私と荷物とで独占して座った。目的地southwellへは、まずここキングスクロスから約200キロ北のNewark northgateまで行く。所要時間は約1時間30分だ。列車はジーゼル機関車なのか電車なのかわからないが、静かに定刻に発車した。
wp2016-03-23-093月11日17時前、ニューアークに到着。ガラガラと荷物を引きづって駅の外に出る。あーストリートビューで見た駅の景色と同じ。駅の駐車場も見たことある~。で、予約はしていないが、レンタカーを借りよう。駅の横から立体交差の橋で線路をまたいで駅の裏側にやってきた。ここにちいさな修理工場兼中古車屋さん兼レンタカー屋さんがある。窓口では先客が手続きしていた。私の番になって国際運転免許証を見せると、国際免許ではダメだと断られた。別のエンタープライズと言う店であればOKだから、そちらに向かえと。で、距離を聞くと0.5マイル?とか。約1キロかぁー。荷物をガラガラと1キロ近くも歩くのしんどい。道路を見ると田舎なのに交通量が結構あって速い。薄暗くなってきて、パトカーがサイレン鳴らして走って行った。信号機のない交差点「ラウンドアバウト」の通り方も不安ありで、初めてのイギリスでもあり運転に自信なくなってきた。まあ、仕方なく駅に戻りタクシーに乗り、約13キロ離れたSoutwellに向かったのでした。
wp2016-03-23-10タクシーの車はヒュンダイ。人生初めて韓国車に乗った。運転手はイライラ運転する。前にトラックが割り込んで来ては「チェッ」というような仕草。信号が青になった瞬間に後ろからクラクション鳴らされては、文句を言っている。カーブのスピードも速い。イライラ運転は車のせいなのか、イギリスドライバーの性格なのか知らないけれど、10分ほどで予約しているSouthwellの宿「Bramley apple Inn」に到着する。

wp2016-03-23-11しかし、タクシーが停車しようとするホテルの前に松葉づえをついた足の悪い人が邪魔している。なかなか車を止められず運転手はまたもイライラ。ゆっくりと足の不自由な男の人が場所を開けてくれて、ようやくタクシーは止まり私は料金を支払い、お釣りを受け取る。運転手は、「後ろの荷物は自分で降ろせるだろう?」と言うのでトランクを開けて自分で荷物を下ろした。あっ、チップやらなきゃと、窓越しにお釣りの中から小銭2-3枚渡すとタクシーはお礼を言って帰って行った。

さて、チックインしようかと荷物を持ち上げた瞬間、その足の悪い男の人が私に声をかけてきた。「日本から来たのか?」もちろん英語。「YES」と私。「私はロジャー、君を待っていたよ」と握手を求めてきた。

3月 212016
 

EMRを後にしてレストランKing & Queenまで戻ってきた。ちょうどこの時は3月11日金曜日11時ちょっと前。日本時間では夜の20時ちょっと前だ。

毎週金曜日20:00から北海道留萌市のコミュニティーFM局、FMもえるで、私たちは「FM緑の風通信」というラジオ番組を一時間生放送している。私は毎週行っているのだが、今回はお休みを頂いた。だが、どこでもネットにつながるタブレットがある。facebookがある。もしかしたら、facebookのチャットヘットの電話機能が使えて、もしかしたらイギリスから生中継できるかも。しかも無料で。

本番前に試すと何とかいけそう。レストランからラテを買って、屋外のテーブルで出番を待っていた。

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wp2016-03-21-02しかし、こんな田舎町であるが車の通りが結構あって、しかも道路舗装が粗く騒音が入るようで、仕方なくやり直して向かいの路地へ行った。
そこは古めかしいお城と墓地になっていて、たいへん静か。小鳥のさえずりが聞こえる。おそらくFMもえる始まって以来のイギリス中継はなんとか成功した。しかも無料~。今はすごい時代となったものだ。

wp2016-03-21-03放送終わって腹が減ったのでランチを頼んだ。
ハムとなんとかのサンドイッチ。しかし食べながら電車の時刻を見るとゆっくり食べてる暇ない。慌ててかき込んで、レストランに食べ終わったと声かけて、無人駅に向かう。わずかな距離であるが走って、ガードをくぐり、階段をのぼって行くとちょうど電車が滑り込んできた。
ここからの乗客は私と老夫婦の3名のみでした。

wp2016-03-21-04 wp2016-03-21-05一時間ほどでビクトリア駅に戻ってきた。あわただしいランチとコーヒーで、おしっこしたくなりビクトリア駅でトイレを探す。床に色別で案内するラインが書かれていて、そのラインをたどっていくと建物のすみっこの方にトイレを発見した。ところが、有料トイレだった。

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横にあった両替機で小銭に崩して、そばに居た女性に握っでいたコインを確かめてもらい、やっと入ることができた。せっかくお金払ったんだから、お湯で念入りに念入りに手を洗って出てきた。

3月 202016
 

3月11日朝、浅い浅い眠りのまま起床した。日本では3.11の追悼ムード一色だろうと想像する。日本国には申し訳ないが、私は一人ロンドンで行動を開始した。今日はりんご農家や果樹試験場関係者には聖地かもしれないEast Malling Research(EMR)に行ってみる。
大きな荷物をホテルに預けて、地下鉄を乗り継いでVictoria駅にやってきた。
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EMRはその名のとおりEast Malling駅のすぐ近くにある。駅の窓口で往復切符を購入。発車までの時間、大きめのコーヒーを飲み構内を散策して時間を過ごす。ビクトリア駅には何本(7か8)かホームがあるのだが、発車時間が迫らないと何番線ホームから出るのか分からない。日本であれば時刻表発表時点で発車ホームは決まっているはずだが、イギリスでは違う。ですので、自分の乗るべき電車が一体何番線なのか、電光掲示板で確認してから改札を通ることになるのだ。

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今回は7番ホーム発。乗客はガラガラ。ちなみにこの電車の給電はもう一本の線路があって、どうも3本目の線路から給電しているようだ。約1時間して、高架になっている無人駅イーストモーリング駅に到着した。

wp2016-03-20-15 wp2016-03-20-16駅を降りていくと、ストリートビューで何度も見たレストラン「KING & QUEEN」があって、なんだか感動。EMRの入口はこの斜め向かいだ。
wp2016-03-20-17 wp2016-03-20-18しかし、ナメてた。すぐにEMRがあるのだろうと思っていたが、何百メートル(たぶん1キロくらい)も奥にある。トボトボと不安になりながら歩いていく。左側にはリンゴやナシの試験区らしき列が幾つも見えていた。そしてようやく受付に来た。

wp2016-03-20-19一応メールは出していたが、受付には通っていなかった。たどたどしい英語で、構内の写真を撮る許可をもらうべく話すと、道路ふちからならどこを撮っても良いとの事。また、果樹の担当官らしきメールアドレスを渡された。後で聞きたいことがあればメールしてみると良いとの事のようである。まぁ、今いろいろ説明を受けても私の英語力では理解できないから、建物や試験区に入らない約束で写真を撮ることにした。

East Malling Researchは、リンゴのわい性台木の発祥地。現在世界中で使われているM26台やM9の「M」はまさにMallingのMなのだよ。説明は受けなくても、ジーンと感動。ここの冊子とオリジナルジュース3本買った。受付の向かいの棟には石の彫刻(コンクリートかも)で作ったリンゴの花のモニュメントがあった。

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プレートには「PRESENTED BY SIR JAMES & LADY MOUNT 1982」と書いていた。

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後ろ側は、りんごの側花が表の中心花と時間差つけて咲いていた。

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たくさんの建物があって、いろいろセクションが分かれているのだろうが、一応写真のみ。

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再び来た道を歩いて帰る。現在もなお精力的にいろいろな試験をしているのだろうと、思いつつ。

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3月 202016
 

夕食をなにか食べようかと、ホテルを外出した。ウロウロしてもしょうがないので、駅に行けば何とかなるだろうと、駅に戻ってきた。
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ロンドンには、例えば「東京駅」のように「ロンドン駅」は無い。ロンドン始発の大きな駅が幾つもある。例えばVictoria Paddington など10を超えるロンドン始発駅があり、イギリス各地へ放射状に線路が伸びている。それぞれの駅は、複雑だが地下鉄で行けるようだ。駅は何本かのホーム全体が大きな長いドームで覆われているのも特徴かな。

King’s Cross駅とSt.Pancrasは道路はさんですぐ隣。Pancras駅はすごく御立派!日中に撮った写真はこちら。一枚に収まりませんので合成です
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wp2016-03-20-03 wp2016-03-20-04中はどうなっているのかと、St.Pancras駅に入ってみた。横の入口から入るといきなり回転ずしがありましたあ。ヨッ!ずし。ロンドン初夜にして回転ずしもなかろうと、入店しませんでしたが、ここまで和食が侵食しているとはねー。
wp2016-03-20-05 wp2016-03-20-06店の外側にはテイクアウト用の寿司がパックで売られていた。約1300円~2000円か。高いんだか安いんだか全くわからないまま、ブラブラ歩いていると2階に上がれる階段がある。行ってみると、発車ホームであった。

wp2016-03-20-07 wp2016-03-20-08乗車客とは仕切られているんだが、ホームにはパリ行のユーロスターが停車していた。イギリスの線路幅は日本と同じ狭軌道だと思っていたが、フランス行きと言うことは、標準軌道なのだろうか。(帰国後に調べるとイギリスでは標準軌道に統一されているらしい)とにかく、イギリスの鉄道は地図を見て頂くとわかるが、国土内にいきわたっている。さすが鉄道発祥地なのだな。

wp2016-03-20-09 wp2016-03-20-10さてロンドン初の夕食なのだが、一人でレストランに入る勇気もなく、結局サンドイッチとワインを買ってホテルの部屋で食べることにした。時差ボケもあって深夜でも目がさえてたので、タブレットのラジオアプリを開けると、エフエムもえるの朝番組を聴くことができた。ネットだから当たり前だが、ロンドンでもFMもえるが聴えて感動。思わずメールしたら曽木さんが私のメールを読んでくれた。

3月 192016
 

wp2016-03-19-1 wp2016-03-19-2成田を離陸して約10時間(9時間かも)飛行機はスカンジナビア半島北端を通過していた。3人掛けの機体右側シートは私一人で独占。下界は氷で覆われている。ただ、飛行機の窓はほとんどブラインドが下ろされていて、一つだけ開けると、まぶしい光が機内に強く差すので、恐る恐る時々ちょこっとブラインドを開けては写真を撮っていた。

wp2016-03-19-3wp2016-03-19-42回の機内食と合間のアイスクリームがサービスされたが、そろそろ退屈も限界に差し掛かった時、ようやく画面の地図を拡大しても、着陸地点が見えてきた。そしてよやくロンドンの国際空港であるヒースローに着陸。予定より30分早く着いた。

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wp2016-03-19-5ヒースロー空港は巨大で、我々はターミナル5に着いたのだが、飛行機を降りてターミナル5のメインフロアへは無人操縦のシャトル地下鉄に乗って移動する。そして入管でパスポートにスタンプを押してもらって、税関を通ってやっとめでたくイギリス入国だ!札幌からのおばさん団体は、チャーターバスへ添乗員が案内して行った。ついに周りに日本人は居なくなってしまった。

wp2016-03-19-6グランドフロアー(イギリスでは1階は日本で言う2階で、日本の1階はグランドフロアと言う)へ降りていくと、「sim」のお店があった。事前のネット記事には空港に自動販売機があって高いと書いてあったが、現在はちゃんとお店があったので、入ってみるとイロイロな種類のプリペイドSimが売っていた。市内に行って迷うより早々タブレットを使えるようにしようと、一番安いsimを購入し、セットしてもらった。一か月1ギガまでのタイプで25ポンドであった。よし!これでタブレットはwifiに関係なく使える。Google mapやfacebookも自在だ。

それでは市内の予約しているホテルに行きましょう。ほとんどの客は鉄道でパディントン駅に急行(特急?)で行くようであるが、今夜の私のホテルはキングスクロス駅の近く。早速タブレットで確認すると、地下鉄で乗り換えなく行ける。よし!地下鉄だ。wp2016-03-19-7地下鉄の自動販売機は2基しかなく、しかもお札の現金を使えるのは片方のみ。私は札幌で両替済みの5ポンド札は50枚も持っている。5ポンド札を2枚入れてってと・・・・しかしtoo muchの表示とともに戻ってくる。2回やってもだめ。おつりの少ないように自販機にいれないと切符は出てこないようだ。仕方なくお向かいの売店でジュースを買ってお札をコインにした。しかし、数種のコインがあるが、どれがどれだか全くわからない。コインに大きく金額の数字が刻印してあればよいのだが、ごくごく小さく書いていて、老眼では無理。しかたなく、自販機に書かれていた実物大の型に当てはめて判断し、所定の金額を入れ、ようやく切符が出てきた。

wp2016-03-19-8ロンドンの地下鉄は、車両が小さく狭い。対面して座ると向かい合っている膝と膝間に一人立てばいっぱいだ。車両が小さければ、掘るトンネルも小さくて済むからなのだろうな。車内の停車駅案内を見ながら、ようやく目的地King’s cross St.pancras駅に着いた。地下鉄をおりて、エスカレーターで出口へ上り、降り客で込み合う中、改札機に切符を挿入するが、受け付けず切符だけ出てくる。別の改札機もダメで出られない。困ったあげく、近くにいた駅員にアピールしたところ、私の切符を確認することなく、自分のメインカードを改札機にかざしてゲートを開けてくれた。戸惑う私であったが、なんとか駅の外に出られた。もう夕方だ。早速タブレットを開きgoogle mapの画面をたよりに、どうにか今夜のホテルに到着したのである。

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3月 172016
 

 3月9日、ついに有言実行の時が来た。早めに自宅を出て札幌へ。市内の外貨を扱っていそうな銀行を目指す。大通りの三井住友銀行へ行くと、お向かいのりそな銀行へ行けとアドバイスされ、りそな銀行の入口には「外貨両替」の看板。イギリスポンドを買いたいと告げると、5ポンド札が50枚分しか在庫していないとの事で、約4.5万円余り相当のポンドを両替した。(一ポンド買いは約180円前後)
 wp2016-03-17-1千歳駅前のホテル宿泊。3月10日朝6時行動開始。6時半に朝食をパッパッと食べ、車で空港に向かい、安い民間駐車場に入れた。空港までの送迎にやや時間を取られ、7:15頃到着。日航カウンターで、予約番号とパスポートを見せる。現在、ネット予約ではチケットは送られてこず、メールでくる予約番号のみ。
 ところが、予約している私の名前「Senboku」であるが、パスポートは「Semboku」となっている。これは、正式な綴りでヘボン式という事でSenの「n」の次のスペルが「b」「p」「M」の場合は「n」でなく「m」となるらしい。予約とパスポートが一字違っているから、とりあえず成田まではOKだが、成田で再びチェクインせよとの事。預けた荷物も成田までしか行かない。
 wp2016-03-17-2定刻で出発したjal機は10分ほど遅れて成田に着いた。乗るべきBA機は、既に駐機していた。
 急いで荷物受け取りに行ったがなかなか出てこない。札幌からそこそこ乗客が居たのに、成田で降りる客は数人であった。ようやく荷物が出てきたので、すぐに出発カウンターへ。BA(British Airways)でロンドン行チケットを出してもらって、トランクを預けて通路を通っていくと銀行があったので、もう5万円ほどポンドに両替し出国検査へ。
 搭乗ゲートにようやく着くと、まもなく搭乗開始となったwp2016-03-17-3。「白い恋人」か東京の何かお菓子のお土産を買おうと思っていた私ですが全く時間なく、あわただしいまま機上の人となった次第。
 搭乗を終えたBA6便は定刻よりも10分以上も早く動き出した。ちなみにBAでは機内でソフトドリンクはもちろんアルコール類も無料で提供してくれる。
 今回の機種はB777-300型。出発して約1時間半、ドリンクサービス中、増毛海上上空を通過した。
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3月 162016
 

すっぱいりんごブラムリーが、200年前英国で生まれなおもその原木(一度強風で倒れたがそこからまた復活した)が現存している事は、ネットのブラムリーファンクラブの記事で知っていました。wpid-dsc_2152.jpgまぁなんとなく現認してみたいなあと薄々思っていましたが、前年、弘前大学の松本先生が渡英した時、ブラムリーの原木はかなり弱っているとネットで書かれていて、枯れてしまう前にこれはもう行くしかないと強く思った次第です。

現在はインターネットコンテンツが発展して、旅程などすべて簡単に自分でコーデネートできるようになました。また海外のホテル予約も日本語で行えるようにもなっています。また、ストリートビューで事前に現地の様子を知り得たりと、海外旅行はすごい身近なものとなっています。さらに現地でネットが使えれば、現在の位置や道順、交通機関の時刻などリアルタイムに知ることもできます。
wp2016-03-16-2ブラムリー原木を是非見たいと言う、私の希望は実現可能なハードルはかなり低くなっているのです。

さて、後は行動するかしないかの選択しかありません。実現可能とするため、飲み会の度にイギリスへ行きたいと口に出して言い、マインドを奮起するように心がけました。さらにネットで航空料金を見ると、3月上旬前なら安くチケットが買える事など、情報を収集していました。そしてついに2月14日British Airwaysの日本語サイトから3月10日~14日のフライト予約をポチしたのでした。札幌ロンドン往復約12万円でした。

よし!渡英を決めたからには、次々と準備しなければ。まずパスポート。写真を数枚デジカメで撮ってコンビニでプリントし、所定の大きさに切りだして、申請書に貼りそのまま役場に提出。スマホ画面は小さいく老眼のオレには厳しいので、8インチSIMフリーのタブレットをネット購入。現地ホテルを物色しBooking.com日本語サイトから予約。一週間ちょっとでパスポートができ、現地で運転することもあろうかと旭川に出向いて国際免許証も入手した。コンセントの変換プラグ、お土産も用意。

初めてのイギリス旅行、刻々と近づく日程に不安は言葉の問題が残されていた。なにせ一人旅であり通訳もいなければ添乗員もいない。しかし、30年前のNZ体験で言葉は10-30%程度しか判らなくても、何とかなると楽観出来ていたのであります。

旅程は以下の通り

 
3月09日水 千歳市内のホテル前泊
3月10日木 07:55千歳空港発JAL(BA3446)
09:35成田乗り換え
11:10成田発 BA6便
15:35(英国時間)ロンドンヒースロー着
ロンドン市内ホテル宿泊
3月11日金 午前中 East Malling Reserch見学

15:00頃の列車でSouthwellへ移動

夕方 SouthwellのBramley Apple Inn宿泊

3月12日土 一日中Southwell滞在

夕方隣町のWilloughby B&Bに宿泊

3月13日日 午前 Southwell滞在

午後 ロンドンに列車で移動

ロンドン市内ホテル宿泊

3月14日月

3月15日火

 

 

12:50 ヒースロー空港発 BA5便

09:30(日本時間) 成田着

17:30 羽田発

19:05 千歳着

3月 162016
 

昨日15日無事帰国、成田空港羽田を経て夜10時半過ぎに帰宅できました。
念願のブラムリー原木に会うことができたし、現地の人たちとの交流もあって大変充実した旅でした。その様子はそのつどFacebookにアップしていますが、改めてこのブログで何回かに分けて、イギリス一人珍道中を報告したいと思いますので、ご期待ください。

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12月 102013
 

 引き続いて我々が向かったのは、小布施の隣の中野市。ここに長野県のりんご作りのエースと呼ばれる荻原安治氏を訪ねました。2013-12-01-5山形で修行したメンバーの渋谷さんの先輩に当たる方で、熱心なりんご農家
 昔、長野県のフジは東京の大消費地をめぐって青森県産と競合。そのため長野県では青森産がでるより先に少々早取りをして出荷。当初は有利な価格をとっていた長野県でしたが、食味では劣るイメージがついたそうです。
 そこで、荻原さんは「冠雪りんご」のグループをつくり、山が冠雪するまで収穫しないように徹底。つまり完熟してから収穫出荷するように厳格化しました。食味で他の長野県産フジと完全に差別化して、現在では九州の生協ともタイアップして、価格面でも有利に販売できるまでに認知度を上げた方です。
 荻原氏は、地域のリーダー格で、これまで「りんごの世界」と題するイベントを企画したりと、りんごに対する情熱は並々ならぬ方でした。2013-12-01-6なにせ切手にまでなっちゃう方なのです。
 今回の訪問では未だに、りんごに対する情熱はさらに高まっているようで、新聞はもとより色々りんご情報を収集し研究されておりました。
 ただ、数年前に病気を患い、動くのが多少の不自由さが残っていました。いつまでもリンゴに対する情熱を我々に見せて欲しいなとおもいました。

12月 012013
 

 11月20日、小布施近郊の果樹生産者を訪ねました。まずは酸果桜桃を先進的に栽培している高澤園。高澤さんは、5月札幌で開催された全国サクランボ大会にもお越しくださった方です。しかし今回は、身内の不幸がありお会いできなく、奥様が迎えてくれました。また説明は、酸果桜桃に詳しい長野果樹研究会、「やまさ農園」の関氏がわざわざ長野市から駆けつけてくれて、酸果桜桃についてお話くださりました。

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 2013-12-01-2酸果桜桃(サワーチェリー)つまり酸っぱいさくらんぼ。日本では甘いさくらんぼ、甘果桜桃がほとんどであますが、欧米ではジャムなどの加工用サクランボも多く栽培されている。
 関さんはいち早く酸果桜桃に注目し、すでに実践生産されている方です。増毛では数年前から数戸に酸果桜桃苗木が僅かながら植えられていて、今後の管理など関さんに伺いました。
 甘果桜桃は収穫して一ヶ月で終了してしまいますが、加工に向く酸果桜桃であれば一次加工を施せば通年して、しかも付加価値をつけて販売できるわけであり、果物生産のバラエティーが増える事は今後の一つの方向であると思いました。
 
 2013-12-01-3また、関さんも高澤さんも日本ピンクレディー協会の役員。日本ではまだまだ知られていない、りんごの新品種「ピンクレディー」。訪問時は収穫を間近に控えておりました。ココでは鳥害が深刻で、樹には網がかけられていました。ピンクレディーはオーストラリアで品種改良されてできた品種。平成9年にNZ(ニュージーランド)を訪れたときには有力品種として注目されていた記憶があります。日本でも関さん方の活動で現在少しずつ増えつつある品種ですね。

 関さんと私はお互い初対面なのですが、Twitter上で見かけてはおりました。今回、長野視察でTwitterでつぶやきながら行ったところ、関さんにも見ていただいており、長野市での夕食場所など教えて頂きました。ネット上では何度も交流していながら、対面するのは初めてで、なんだか複雑な出会いとなりました。
 ほんと、ネットは距離に関係ないので、時代の進化が実感しますね。

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