7月 262016
 

3月のイギリス訪問の際、帰国した便はBA5便(ブリテッシュエアー)。毎日新潟上空から成田に向かうのだが、なぜか本日は増毛上空を通過していきました。オランダやドイツからの便も通過したようで、飛行機雲が鮮やかに見えていました。しかし、今日南下していたBA5便は飛行機雲がなく、音はしていたんですが、青空に発見できず望遠での撮影はできませんでした。

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5月 032016
 

wp2016-05-03-01サウスウエルの月刊地元新聞「The Bramley newspaper」誌に載ったようです。25ページ目、サウスウエルで会ったHonorさんの寄稿による記事です。

The Bramley Newspaper誌のHPはこちら

ネット閲覧はこちら

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ブラムリーファンクラブのキタローさん訳:

「直前にオーストラリアを訪問していたのですが、そこでもブラムリーの栽培をされている方を紹介され、そのブラムリーでレーズンと一緒にパイにしたら、故郷の味と同じで感激。
そして、仙北さんが原木に会うためだけにサウスウエルにやってきて、街を案内した。
「Facebookでまたね!」と別れ際に交わし、そうしたら、雪山をバックに「これからブラムリーを剪定する」と、北海道の仙北さんのブラムリー農園を見られた」

と書かれているようです

4月 172016
 

私の座席は翼のちょっと後、左側の3席並んだ真ん中。12時間以上乗るので隣の人とは仲良くしなきゃね。
wp2016-04-17-01搭乗した時には私の座る通路側の隣席にはインド系のおばちゃんがすでに着席していた。「失礼失礼(英語)」と声かけて、ズズっズイと私は真ん中席へ座る。窓側は空いていて、もしかしたら空席なのかも。インド系おばちゃんが英語で声をかけて来た。「窓側の席は空いているの?」「I don’t know(私)」「もし空いていたら、あなたそっちへ移動して。なぜなら近すぎるから」私はちょっと失礼だなと思ったがOKと言ってしまった。オレだってオメーの隣はイヤなんだよと内心思っていた。しかし、ほどなくして窓側には白人の学生らしき若い男性が座ってきた。結局この飛行機BA5(B777-200)は満席状態であった。学生さんが窓を見ているタイミングで、外の写真を何度か撮らせてもらった。
wp2016-04-17-02 wp2016-04-17-03狭いエコノミー席の真ん中で、楽しみは機内食ですなあ。飲み物はワインにした。ビールならばおしっこ近くなるから、おばちゃんの迷惑になるだろうからね。昼に乗り込んだハズだが、飛行機の外は何時しか暗くなっていた。タブレットに録音してあった討論番組を聴いたり、キンドルの電子書籍を見て時間をつぶす。オシッコはおばちゃんがトイレに行ったスキに、オレも別サイドのトイレに向かった。

wp2016-04-17-04 wp2016-04-17-05キャビンアテンドさんは、日本人でお客に合わせて英語日本語を使い分けている。2回目の機内食はイングリッシュスタイルメニューをチョイスした。さてさて到着時刻に合わせ睡眠もしなきゃねー。でも隣のおばしゃんの手元ライトが眩しいくて、眠れないんだよ。おばちゃんも眩しくなったようで、「ちょっとそっちのライトを消して」と言ってきた。思わず力を込めて、「あなたの右側のリモコンスイッチのココを押しなさいよ」と教えてあげたら彼女は「Oh sorry~」と軽く返事した。お隣さんにストレスを感じながらも飛行機は着実に日本に近づいていて、いつしか外は明るくなっていた。

そして、日本時間3月15日午前10時頃成田空港に着陸した。
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おー、帰ってきてしまった。

wp2016-04-17-075日ぶりの漢字だ。パスポートに入国スタンプを押してもらって、荷物を受け取るために階段を下りる。きれいな歓迎の大きなパネルがり、カメラを向けようとすると、税関の係官が大きな声で、「撮影禁止です!」と威圧的に声をかけてきた。ちょっとムッとしたが、良く見渡すと柱に撮影禁止マークが貼られていた。なぜ撮影禁止なのか係官と少し話した。荷物が出てくるのを待っている所に、麻薬犬を引きつれて係が盛んに回っていた。まあ、入国の最前線での様子は、写真撮ったりして広めない方がイイよねーと係官の傍で納得した。が、もう一人の偉そうな別の税関係官が大きな声で、「撮影しないでください!」と、迫ってくる。「こっちで係と話しているんだから、何度も指摘しなくてもわかってるよ!」12時間以上も狭い飛行機にのってやっと帰って来たのに、気分悪い対応だ。税関はなにか勘違いしているんだよ。密輸には目を光らせて欲しいが、そんなに撮影禁止したいのであれば、もっと大きく看板を揚げてオケよ。まったく気分悪いまま、日本国に入国したのであった。

wp2016-04-17-08YOUは何しに日本へ!を遠巻きに見ながら、財布に日本円を入れて大きな荷物をクロネコで送る。札幌への飛行機は、夕方の羽田発の便だ。千葉の入院している叔母さんを見舞い、電車で新宿に向かった。午後3時過ぎ新宿高野に到着。ここで今回の旅でお世話いただいた、ブラムリーファンクラブの人たちと面会した。初めてファンクラブの人たちと会った(Sさんは以前増毛に来たよねー)。旅のお礼と報告をしたが、あっという間に飛行機の時刻が迫り、慌ただしく羽田空港へ向けて電車に乗り込み、ファンクラブの方々とお別れした。
wp2016-04-17-09 wp2016-04-17-10余裕をもって羽田に到着。手荷物だけなのでスムーズに搭乗した。当たり前だけど、周囲の乗客は日本人ばかりだった。

19時頃、なつかしい千歳空港に着陸。
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安い駐車場に向かい、車を受け取って、夜中運転し23時前に無事に増毛に帰宅した。

4月 132016
 

3月14日朝いよいよ帰国だ。日本へのお土産はまだ何も買っていない。飛行機は12:50発だから最低2時間前に空港着でさらに、お土産の物色で悩むだろうからもう1時間前、ここから空港まで1時間としてホテルを出るのは・・・・
wp2016-04-13-01などど考えながら、最後の朝食を摂る。いわゆるバイキング方式のホテルの朝食だ。どうせこの辺りを散策してもお店は開いていないだろうから、サッサと空港へ行こう。荷造りをして、忘れ物ないか部屋を確認してチェックアウト。カウンターには、昨日チェックインした時と同じホテルスタッフ。ロシア系らしききれいな小顔の若い女性。

wp2016-04-13-02ヒースロー空港へは、パディントン駅から列車で行くわけだが、expressで行くと20ポンドと高いから、「ヒースローコネクト」と言う列車だと数駅停まるけれど、10ポンドと安いし所要時間もたいして変わらいので、ヒースローコネクトを使うようにと親切にアドバイスを受けた。よし!ありがとう!上機嫌な笑顔で別れ、ホテルを出た。

ホテル出口の階段をゴトンゴトンと荷物を引きながら降りた時、一台のタクシーが道路の中央付近で停まった。この通りはまだ朝だし、行き来する車は無い。窓を開けて私に話しかけてきた。
「パディントンへ行くんですか?(丁寧な英語)」「イエス(私)」「パディントン駅は今、ウーウーが来て閉まっている」「火事なの?」「わからないがとにかくパディントンはクローズしている」「地下鉄でいくから大丈夫です(私)」「地下鉄だと何駅も停まって乗り換えもある」「まぁね(私)(昨日乗り換えで迷ったなあ)」「私はロンドンタクシーだから信用していい」と番号が刻印されたメダルを見せる。紙を取り出し「50」と「75」を書いた。

タクシー運転手は「私はあと数時間で今日の仕事が終わりで、ちょうど西に向かう。なので通常は75だけれど50ポンドでいいよ」と言ってきた。悩む私。お土産買ってないし、荷物もって地下鉄移動は大変だし・・・・・じゃーまあー良いかっ、乗っちゃえッ。OK私乗ります!
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6人が向かい合って座れる大型タクシーを一人で利用。「メーターは無視していから」と「ターミナルは?」「ターミナル5です(私)」それ以後ほとんど会話無し。20分か30分ほどで空港に入り、タクシーメーターが75を超えたあたりで、ターミナル5の搭乗階に到着した。wp2016-04-13-045ポンド札を10枚チップ無で渡し、運転手はお礼を言って走り去って行った。列車を使って10ポンド(約1800円)で来るはずが、50ポンド(約9千円)も支払ってしまった。まっ、楽に早く着いたからイイかっと自分に言い聞かせた。後にイロイロ調べたがパディントン駅閉鎖とかネットニュースには出てこない。騙されたのか未だ不明のままである。

ターミナル5は、新しいのかガラスが多用しているビルだなぁ。さてと、BA(British Airways )のカウンターでチェックインしましょう・・・・と、ちょと待てよ。何アレ?
wp2016-04-13-06 wp2016-04-13-07あーっ、テロ対策で、凶器とかジェルや液体が持ち込み制限されている。液体は100mlまでだって?オレ、イーストモーリング試験場で買ったビン入りリンゴジュース3本、スターキーさんからもらった袋入りリンゴジュース4袋持ってる。えーっ、持ち込み出来ないのかっ。観念して、その場で持ってたジュースを泣きながら飲めるだけ飲んだ。せっかく重たいのを頑張って持ってきたのに・・・・
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どこかの監視カメラで見られているを意識しながら、ジュースを穴の中に置いた。

BAカウンターでは、来るときに問題だったSEMBOKUの「M」問題はなんなく通過できた。金属探知機を通って中に入ると、免税店が並んでいた。出発ゲートはまだ決まっていない。
日本へのお土産は結局チョコレートが主になってしまったが、ゆっくりお店を見ることができた。

wp2016-04-13-09 wp2016-04-13-10出発ゲートはC64と表示されたのでゲートに向かう。自動運転の地下鉄に乗ってゲートに移動すると、2階建て旅客機A380が駐機していた。東京行きは、これじゃーないよ。

wp2016-04-13-11 wp2016-04-13-12C64ゲート成田行きは777型機で特殊なペイントの飛行機でございます。ほどなくして搭乗開始。私の短いイギリス滞在。後ろ髪ひかれる思いで飛行機に乗り込んだ。

4月 122016
 

wp2016-04-12-01地下鉄London Bridge駅からホテル近くの駅に戻る途中にWaterloo駅があった。アバの曲にあったなぁと鼻歌が出てきた。アバの曲のwaterlooは、ベルギーのワーテルローの事でココのwaterlooでないみたいですけどサっ。

地下鉄を乗り継いで、私が最後に泊まるホテルに一番近い繁華街のクィーンズウエイ(Queensway)に来た。もう暗い。
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wp2016-04-12-03まだ日本へのお土産は全く買っていない。お店はまだほとんど開店している。お土産屋さんもたくさんあった。しかし、どこのお土産屋も、売っている物はキーホルダーとかTシャツとか同じものばかり。シャレたネクタイとかハンカチとか無いかな?と探しても無理みたい。しかも、お店の店員はいわゆる白人ではなくトルコ系らしき人々ばかりであった。トルコ人街なんだべかあ?

夜になってあちこちのショーウインドーも閉店が多くなってきた。疲れたので、引っ込んだ所のバーで一人反省会だ。ここのバーは白人のイギリス人であった。
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飲みながら思い出した。そう言えば、まだイギリスのソウルフードであるフッシュ&チップスを食べてない。これはイギリスに失礼だろ!

wp2016-04-12-05早々ビールを飲みほして、通りを探すとすぐ近くにメニューにFish&chipsのあるお店があった。ここもトルコ系らしき店主だ。テイクアウト?と聞くので、それではホテルに持ち帰ろう。お土産は空港で買うことにしてホテルに戻る。ホテルのレストランから、コップ一杯のシードルも買って、部屋に帰って来た。

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付属のケチャップをドバドバかけてっと・・・・・イモは揚げたてだしうまい。・・・・・店主お勧め白身魚のフライは、ツルンと皮がむけてはっきり言って、シードルがあって良かったあ。結局すこし残したあ。

4月 112016
 

ビックベンはテムズ川沿いにあって、対岸には観覧車があった。
wp2016-04-11-01 wp2016-04-11-02ビックベンの巨大さと人間の欲深さを思い知らされ、早々再び地下鉄に乗って移動しよう。博物館は日曜日で休みだろうし、すでに夕方なので一番近い観光地はどこかな?と調べると、テムズ川の下流?にロンドン橋(London Bridge)があるので行ってみた。地下鉄jubileeラインで3つ目の駅。
wp2016-04-11-03 wp2016-04-11-05だだっ広い立派な橋でございました。ロンドンブリッジはこんだけ近代的な構造ですので簡単には落ちない(Falling down)であろうな。

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wp2016-04-11-06 wp2016-04-11-09夕焼けに飛行機雲が3本。向こう側がヒースローなのかな?モダンなビルもあちこちに見える。橋の真ん中あたりからは、タワーブリッジが見えていた。

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wp2016-04-11-07ちなみに、向こうに見えるタワーブリッジが「ロンドン橋」と思われがちだが、こっちの近代的な普通の橋が正真正銘の「ロンドンプリッジ」のようですネ。
橋の左側に見える頭でっかちなビルは、地震のないヨーロッパならでわのデザインですねー。さて、もう暗くなるのでホテルの近くまで移動しましょ。

4月 072016
 

3月13日日曜日、昼過ぎスターキー氏に送られて再びNewark Nothgate駅にやって来た。スターキーさんに丁寧にお別れを言って、13時前頃の列車に乗ってロンドンへ戻ろう。
wp2016-04-07-01 wp2016-04-07-02ホームの売店でサンドイッチとソフトドリンクを買った。列車は日曜日と言うこともあってか、車内は混雑していて荷物を引きずったままでは開いている席はなさそうなので、トイレの向かいの窓際に立ったまま移動となった。
車窓を見つめながら、サウスウエルで受けた親切や感動をかみしめながら、午後2時半頃キングスクロス駅に戻って来た。
wp2016-04-07-03 wp2016-04-07-04さて、ロンドン最後の夜は、ヒースロー空港に便利の良いパディントン駅近くの宿に予約してある。どのように行けばよいのか・・・・・地下鉄はっと・・・・途中で乗り換えて・・・タブレットで道順を検索して地下鉄に乗ったのだが、乗り換えが少々失敗して道に迷った。日曜日のロンドンはどこも混雑していて、人混みの中をどうにか超えてやっと最後の宿、ちょっと贅沢して選んだランカスターゲートホテルに到着した。wp2016-04-07-05
チェックインして部屋に入った時刻はすでに16:30過ぎだ。お土産も買っていないしロンドン観光もバッキンガム以外していない。もうじき暗くなるだろうけど、どこか観光しなきっちゃ!

wp2016-04-07-06 wp2016-04-07-07よし、行くどー。ジャケット脱いでジャンバー羽織ってロンドンの街へ出た。よし!まずはビックベンだ!地下鉄は混雑しているが、私は荷物は無いので身軽。何度も地下鉄のったから、ロンドンはスムーズに溶け込むように移動できるようになっている。地下鉄のセントラルラインからジュビリラインに乗り換えて、ビックベン直近の地下鉄駅 Westminster Stationに来た。エスカレーターを過ぎて階段を上がって外に出ようとするとビックベンの時計が少しづつ見えてくる。道路まで出ると巨大な建造物ビックベンがそびえている。ビックベンの敷地は工事中なので、反対側の歩道から見ることになるのだが、すごい人が行き来している。いろんな人種や言語が飛び交い、英語なんて聞こえてこないよ。

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自分の顔を入れてビックベンに来た証拠を撮ろうと、タブレットで自撮りしていたんだが、逆光できれいに撮れない。角度を何度も変えて構図を探していると、突然口を尖らせてピヨピヨピヨっとピエロが現れタブレット画面に入って来た。それも二匹。おおーっとシャッターを2枚撮った直後だ。彼女らは豹変。「マネーマネー」「ジョブ!」と手を差し出してきた。

wp2016-04-07-09何ーっ、テメーっ・・とちょっとやり取りしている私のすぐ横に、トルコ系らしき人相の悪い男が無言で立っている。ヤツがボスなのか?私は、ズボンのポケットから一番軽めのコインを出して二人に渡したが、さらに「モアモア」と催促。結局ポケットの中のコインを全て渡してやっと解放された。

大都会ロンドン。田舎と違って人種が入り乱れ怖い一面を体験した。

4月 062016
 

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ブラムリー原木を見て、再びスターキー農園にやってきた。昔使っていたトレーラーが畑の隅に置いてあった。

wp2016-04-06-03スターキーさんは、果樹の加工にも力を入れている。今度は倉庫内を見せてもらった。ブラムリー単独ジュースやブレンドジュース、コンポートなど、倉庫内の別室にて加工製造している。

wp2016-04-06-04 wp2016-04-06-05りんごを加工するクラッシャーや充填器、タンクや殺菌槽など機械がそろっていた。最近、注目されているのが袋入れジュース(Pouch)だ。容量は150ml。飲み口を破ると、ストローが埋め込まれている。

倉庫を出てすぐそばにスターキーさんが重要とする樹が植えてある。

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ノッティンガム大学がオリジナルブラムリーの芽を培養して作り上げたクローンのブラムリー。接ぎ木でも挿し木でもない、オリジナルブラムリーと同じDNAだそうだ。原木がダメになったとしても、しっかりDNAを保存するためだ。

2009年ブラムリー生誕200年の記念式典がサウスウエルであった時、The Bramley Apple SongのCDが制作された。その歌はスターキー氏が作詞。
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スターキー氏はまさにThe Bramley Apple Manなのであった。

4月 052016
 

wp2016-04-05-01 wp2016-04-05-04スターキーさんは、サー(Sir)の称号も持っている。Sir John Starkey氏。スターキー農園HPのTHE BLAMLEY APPLE MANとは彼の事なんだな。私は逢う前、すごい高貴なお方なんだろうと緊張していたんだが、スターキーさんは気取ることなく普通に優しく接してくれた。

約百年前に彼のお爺さんがブラムリーを大規模に植えたらしい。サウスウエルの道路沿いの新興住宅地?が昔はブラムリーのりんご畑だったとか、昔は剪定とか管理作業がわからなかったので、小さなりんごしか穫れなかったなど、車を運転しながら懐かしむように私に話しかけてくれた。車は公道を走っていたハズなんだが、どうやらいつの間にかスターキーさんの土地に入ったようで、しばらく行くと右側に小規模なゴルフコースがあって、スターキーさはゴルフ場も経営。日曜日ともあって地元のゴルファーでにぎわっていた。

で、スターキー氏のお屋敷はこちら
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wp2016-04-05-03えーっ、なんとも素敵なたたずまい。このお屋敷は結婚披露宴会場としても貸し出している。
http://norwoodpark.co.uk/
この日も一件の結婚式があって、オシャレした来賓客がレッドカーペット上を入場していきました。
あなたも借りられる・・・➡紹介動画はこちら

wp2016-04-05-05 wp2016-04-05-06ブラムリーはM9台を使って密植していて、列には時折受粉樹として、コックスなどを植えていた。樹高が低いし、枝も地面すれすれから出していたが、あまりに地面すぎるので、もう少し高いところから第一主枝を出すようにすると言っていた。

wp2016-04-05-07 wp2016-04-05-08スターキー農場のもう一つの経営の柱は、イチゴ栽培だ。100メートル以上ありそうなハウスが何十棟も並んでいる。ハウスの中は3列の高設イチゴがあって、コンピューター管理で潅水しているそうである。毎年オランダから苗を購入しているそうで、毎年の苗代金がものすごいとスターキーさんは言っていた。

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労働者はどうしているのかと聞くと、ポーランド?とか外国から季節労働者を受け入れているそうである。それにしても、イチゴの出荷時期となれば、毎日相当量の出荷があるそうで、他のイチゴ生産グループと一緒に毎日トラックが来てイギリス中に出荷されるそうであった。

4月 032016
 

13日日曜日朝、タブレットをいじりながらロビーで待っていると10時頃スターキーさんがベンツのライトバンでやって来た。オリアさんに別れを告げ車に乗り込む。
wp2016-04-03-01 wp2016-04-03-0211時にブラムリー原木の場所でだれかと待ち合わせしているとの事で、まずはサウスウエルを通ってスターキー農場を軽く案内してくれた。

※スタキー農場は次の記事に

wp2016-04-03-0311時にブラムリー原木の所に戻ってきた。場所は一昨日宿泊したBlamley Apple Innのすぐ近所。道路沿いの住宅と住宅のすき間、車一台通れる20メートルほどひっこんだ路地の奥に小さな家がある。スターキーさんは、ドアをノックした。出てきた人は、現在ここの持ち主であるコールさんだ。「こんにちわ」と日本語で声をかけてくれた。コールさんは以前にNHKニューヨーク支局で働いたと言っていた。

さて、いよいよこの旅のクライマックスであるブラムリー原木とご対面である!ちょっとジメっとしたこじんまりとした庭の左側に原木はあった!特別に管理されているかと思っていたが、ごくごく普通に枝が茂った太い庭木がそこにある。これが、オリジナルブラムリーかあ!二百年以上前、1809年に少女メリーアンがまさしくココに種を植えた場所。

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根元にはクィーンの称号プレートが設置してある。約百年前に一度大風で倒れたものの、再び復活を遂げ現在にいたるブラムリーの原木。
wp2016-04-03-05 wp2016-04-03-06私はこの樹を見るためイヤ逢うためにはるばる増毛からやって来たのだ。ちょこっと涙があふれてきたが、何度もまばたきしながら写真を撮り続けた。しかし、さすがに老木となっているブラムリー原木は、あちこちの太い枝の樹皮が枯れ落ちている。太い根っこはトタンでケアーされているが、かなり弱っているのは隠しきれないようであった。

待ち合わせていた、デボアさんがやってきた。どうやらデボアさんはローカル誌の記者みたい。デボアさんのipadで、コールさん私とスターキーさんを入れて記念写真を撮ってもらった。

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4月 022016
 

wp2016-04-02-02 wp2016-04-02-013月13日日曜日朝は霧が立ちこめていた。霜が降りるほどの低温にはなっていないが、すぐ向かいの赤レンガ住宅がかすんで見えていた。今日はスザンナさんのお父さんであるサー・ジョン・スターキーさんが、午前中スターキー農場やブラムリー原木を案内してくれる予定となっている。朝、映画007シャワーを浴びた後、朝食にしましょ。

wp2016-04-02-03 wp2016-04-02-04暖炉のあるお部屋でイングリッシュスタイル朝食だ。お客は私一人。スターキー農場のりんごジュース。パンも数種あるし、バターや手製ジャム、コーンフレークも選べるし、もちろんコーヒー紅茶サービス。なんとも贅沢な空間だ。この雰囲気作りはスザンナさんの作品なんだろうと想像する。ちょこと残したのは申し訳ないのだが。

wp2016-04-02-05 wp2016-04-02-07いきとどいた掃除や朝食を給仕してくれたのは、管理を任されているオリアさんだ。彼女は、スザンナさんが載った新聞を見せてくれ、記事をそのまま読んでくれた。まぁ、記事の英語は私にとって難しい単語だらけなので、読んでもらっても私にはほとんど理解出来ないのだが、母親が絵本を読み聞かせているみたいな気分がした。

荷物をパックして茶の間?のソファーでスターキーさんが来てくれるのを待った。来客ノートが置いてあって、ペラペラめくると2014年8月に日本人女性が宿泊していた。
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3月 292016
 

wp2016-03-28-10-20 wp2016-03-29-01B&Bとは、ベッドと朝食(Bed and Breakfast)の略。3月12日土曜日の宿はウイロビーハウスB&B。
WILLOUGHBY HOUSE B&B)。経営者はスザンナさんだ。

スザンナさんとは日本を出発前にブラムリーファンクラブを通してFacebookでつながり、今夜の予約となった次第。(スザンナさんはロシア出張のため、今回は会っていない)場所はNorwellと言う小さな集落で、商店街とか無いみたい。のどかな村のイメージだ。乗馬する方もいるようで、道路に車に踏まれた馬糞が落ちていた。今時馬糞なんて、ひどく懐かしい。

wp2016-03-29-02 wp2016-03-29-03案内された、私のお部屋は「Bobby’s Room」。階段上がって1階(日本式では2階)のキングサイズベッドのお部屋。昔、ボビーさんが使ってたのかな?と思わせる机があった。

wp2016-03-29-04 wp2016-03-29-05ここのB&Bはさすがスザンナさん、女性のきめ細やかなお部屋づくりとホスピタリティー。バスローブが用意されているし、バスルームは映画007に出てくるようなガラス張りのシャワーだよ。鏡にはお化粧落としのグッズまで用意されていた。

wp2016-03-29-06B&Bだから夕食は基本的に出ない。時差ボケなのか夕方になってもお腹は減らないが、300メートル離れたところに食堂兼パブの「PLOUGH INN」があるから、夕食はそこに行くようにとスザンナさんからメールを受けている。日本人が行くと先方に知らせてあるらしいので、夜道を歩いて行ってみた。

wp2016-03-29-07 wp2016-03-29-08昼間のgoogleストリートビューはこんな感じなんだけれど、夜道は誰もいない。静寂の中を一人コンデジ持って歩いている日本人が一人。おそらくかなりの不審者だよ~と思いつつ、PLOUGHの入口に着いた。別のお客さんが待ち合わせて入店するらしいタイミングで、お先に~とドアを開けた。店内に古い写真が飾ってあって、馬の時代から営業しているらしい。

wp2016-03-29-09ではビールを戴ましょう。イギリスでは冷え冷えのビールは出てこない。かといって「ぬるい」って程でもない。まぁ温度は普通の水道水並みか?日本ではビールは冷え冷えが美味しいのは、間違いない。しかし、苦みは薄いが深みがあるイギリスのビールは、冷えてなくても美味しいと私は思う。お腹冷えないしネ。
土曜日の夜と相まって、お店は沢山のお客さんでにぎやかになってきた。マスターは小さな集落だけれど、お客さんがよく来てくれると、話していた。

お客さんの一人がカウンターに座っている私にわざわざ声をかけてくれて、日本のどこから来たのかなど聞かれた。もうこの時点で私の英会話は臆する事はない。マスターともいろいろなお話をした。

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結局ビール3杯飲んで、B&Bに帰って来たのでした。

3月 282016
 

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wp2016-03-28-10-5 wp2016-03-28-10-3サウスウエルの大聖堂、ミンスター(Minster)は素晴らしい。過去にNZ(ニュージーランド)のクライストチャーチの大聖堂(2011/3地震で崩落する前)を見たが、歴史の重みなどサウスウエルミンスターは一ケタ違うと感じた。石の彫刻も素晴らしいが、木工品の彫刻も手が込んでいる。手すりの足下にネズミが居た!

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当時の職人の悪戯だったらしい。ネズミはこの他にも何匹かどこかに居るんだが、ミサに訪れた子供たちがあちこち隅々を遊びながら探すという。そうして協会への親しみを持つようになる、きっかけがこのネズミなんだそうで、当時の職人のニューモアが伺える。

wp2016-03-28-10-6外壁も中世の雰囲気満載。ここミンスターは、サウスウエルのランドマークにとどまらず、サウスウエルの人たちの魂の拠り所なんだろうなと思った。そのミンスターの敷地内のお墓に案内された。
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wp2016-03-28-10-8墓石にはHENRY MERRYWEATHERの文字。ブラムリーを世に広めた人物ヘンリー氏のお墓だった。つまりロジャーさんたちのひい爺さん。この方がいたから、私はわざわざ渡英して来た。なんとも、感極まりながら写真は撮ったが、今にして思えば日本式でいいから手を合わせてお参りをすべきだったと後悔している。

では皆で記念撮影だ。マリアさんがシャッターを切ってくれた。
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ミンスターのすぐ隣にはインフォメーションセンターがあって、観光パンフやいろいろなグッズが売られていた。お昼となり隣のレストランで、みんな揃ってランチを食べた。私は朝食が重たくて、さほど食べられないので小さめのパンとスープにした。
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昼食後は町中を散策

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wp2016-03-28-10-18 wp2016-03-28-10-19毎年サウスウエルでは秋にミンスター内を飾りつけし、ブラムリー祭りが開かれるが、そのデザイナーやスタッフたちも住民たちだ。彼女らの小さなお店も見て回った。
マリアさんは、勉強があるとの事でこの後お別れした。
wp2016-03-28-10-17 wp2016-03-28-10-16図書館には、去年ブラムリー祭りで飾られた、子供たちがペットボトル200個を使って作ったブラムリーりんごが置いていた。また、昔はSouthwellは方言なのかサウザルと呼ばれいたというパネルもあった。

12822110_10205931917033504_21068558_nちいさな果物屋さんには、本物のブラムリーリンゴが売られていた。もちろんCA貯蔵だそうである。町の人々は、皆笑顔で私を迎えてくれていた。ほんと落ち着く良い街だなあと、づくづく思ったのでした。皆で散策した楽しい時間も終わり、駐車場に戻ると駐車場の係官が無賃駐車いないか一台一台検査していた。ジョンさんは早歩きで車に戻ったが、駐車時にちゃんと自動販売機から料金を払っていて、とがめられることはなかった。

wp2016-03-28-10-20ここで皆とお別れだ。固い握手をロジャーさんホーナーさんと交わした。私はジョンさんの車に乗り、次の宿である約13キロ離れたウイロビーB&Bまで送ってもらった。
ジョンさんに何度もお礼を言った。ジョンさんは運転席の窓を大きく開けて、手を広げた右腕を高く挙げたまま車を発進させた。私は車が見えなくなるまで、手を振って別れたのだった。