10月 062005
「新しい歴史教科書市販本」p.24によると日本での稲作の始まりは縄文時代かららしい。紀元前4世紀頃までには、灌漑用の水路をともなう水田を用いた稲作が九州北部でも行われていたらしい。稲作が始まると、集落ができて、村となってやがて国家へと発展する。また、稲作を行うべく鉄器なども発達する一因である。つまりは、狩猟から稲作へと転換した事で、日本の文化が発展したといって過言でない。稲作は日本文化の根源であり、日本人の心の原点なのかも知れない。
「五穀豊穣」という言葉は、古事記にでてくるらしい。こちら参照五穀とは、米、麦、粟(あわ)、黍(きび)、豆の事。各地で「豊穣祭り」や豊作祈願祭など行われているし、「豊年満作」と言うおめでたい言葉もある。日本人は、はるか古代から「豊穣」を願い祝って来た。漁業でも大漁旗に代表されるように、たくさん獲れることを夢見てきたのである。
ところが、この平成の世は事情が違う。豊作を誰も喜ばなくなったのである。
今年の米は豊作とのニュースが流れた。流通業者は、米価下落に落胆し、生産者は採算が合わなくなると消沈する。松倉濃園参照 その一方では、自給率40%の日本は大量の食料を輸入している。
人間の生命維持には欠かせない食料であるが、「お金」という価値に変換する事のゆがみがこの事態になったのか・・・・。その同じ「お金」で、大量の株を回しているニュースが日本で飛び回っている。
農業営む者として・・・
豊作を素直に喜べないって辛いことです。悲しいことです。
何を願って農業を・・・・
でも大地の恵みに感謝する気持ちは忘れません・・・
農業者である限り。
私を含めて多くの日本人は、「食べ物に感謝する」事を忘れかけているのかも知れませんね。私は飢えた経験なんてありませんし、お金さえ出せばどこの国の食べ物だって手に入れられる時代です。ですから、「お金」に感謝すれども「食べ物」やそれを作る人、流通させている人などの手間までは、考えが及ばないのが実情です。
>でも大地の恵みに感謝する気持ちは忘れません・・・
私もそうありたいと思います。