6月 212013
 

2013-06-21-1本日午後より増毛町農業委員会総会が開かれました。今回は4箇所の現地を回り、農地の現況を実視してきました。
そのうちの一箇所は、四駆でようやっと行ける場所にあって、昔は田んぼがあったと言う所。よくココまで用水を引っ張ったものだと、昔の人の偉大さを知らせれました。現在は残念ながら山林化しておりました。写真は別の案件のものです。

2013-06-21-2

終わってからは、りんごのつがるなどに、落果剤散布をしています。
【りんご・つがる】一部レッドゴールド・北斗 0.6タンク
落果剤:ミクロデナポン 1200倍

  2 コメント

  1.   農業委員会の視察写真と関連記事から
     
     この記事から思い出したことがあったので記します。
     昔、渋谷さんの山を回って、ジスケ沢を通り、山の斜面を這わせて中歌山の上への灌漑用 水路があったのを知っていますか。子どもの頃の記憶なので出発点と到達点は定かではあ りません。子どもの間では「カンガイコ」と呼んでいました。仙北さん宅の辺りから、東 方向に見える山の稜線の中腹をゆっくり上るように造られていました。
      田への水を引いたものと考えられます。長い距離であり半端な労力ではないことが十分 想像できます。今でもところどころに形が残っているかも知れません。増毛町史に記載は
     ないだろうか?

  2. ナイヤガラさん、カンガイコの跡は現在でもはっきり残っています。昔、上流の崖を上がる部分で何度も崩れたようで、コンクリートの部分があります。それで今日までは、箸別川からの用水を使っています。現在は中歌山の上の田んぼも激減しています。いずれにしても手作業で行なっていたであろう昔の人のすごさは、伝わってきます。

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