2月22日と23日、平成16年度農業経営トップセミナーが開かれ、行き帰りが強い吹雪きの中、”命がけ”で行って来ました。23日は、消&農交流フォーラムもありまして、こちらも参加しましたので、まぁ、文が長くなりますので、何度かに分けてご報告いたします。この会はいづれも北海道農業会議、北海道農業法人会議が主催しており、札幌サンプラザにて開催されています。参加者は主に、道内の農業法人や農業委員、普及センターや、一般の農業者が参加しております。
まず、第一講演は、250名の来場者のもと、十勝川温泉ホテル大平原の女将、中津川さんのお話でした。
中津川さんが嫁いだ頃はまだ小さな温泉旅館であったが、負けず嫌いの性分から、拡大し、平成2年200室を超える大きなホテルへと変わって行った。しかし、バブルがはじけて、来場者数が減少。十勝川温泉は、知床や阿寒湖と違って特段「売り」とするものが乏しく、中津川さんは十勝川温泉らしさを模索。十勝といったら畑作地帯。そうだ、ホテル横の広い農地を借りての、新鮮野菜をお客さんに出そうと、ホテルのメニューに入れたところなかなか好評。さらに山林を購入したのをきっかけに、洋食をメインとしたレストランをオープン。さらに、和風創作料理の店を古い農家屋を改装して営業を開始した。和風レストランは、「農家レストラン」に趣きをおき、女将自身が調理台へ立つ。特別変わった料理はないのだが、自前の新鮮野菜や、自家製漬物をメインにしている。ホテル経営全体からするとレストランの売り上げは微々たるものだが、特別宣伝もしていないのに、口コミでお客さんが来てくれて、満足されていくのが何よりのやりがいと、女将は話す。
ホテルでは、旦那(社長)が気球の揚がるホテルを打ち出す。そこで、「おかみがパイロットのホテルってのは日本中どこにもいない」とおだてられ、女将さんは50歳にして気球パイロット免許を取得。要望があればお客さんを乗せて、中を舞い上がるそうだ。
女将は、水にもこだわる。自宅で浄水器を使っているのに、お客さんには直に水道水で料理することに引け目を感じ、ホテル、レストランに1000万円の投資で浄水器を設備した。不思議なことに料理が美味しくなったと言う。
最近はホテルの来場者が減少し続け、背に腹は変えられず、これまで断っていた台湾客を受け入れた。約10年前、台湾客の起こしたあるクレームがトラウマとなって、これまで拒んでいた。しかし、その時と現在では台湾客の水準(決して差別意識ではなく誤解の無いように!)が変化しており、とても人懐っこく喜んで来てくれている。
台湾客を見送るとき、バスの中のみんなが大きく手を振って行ってくれると、いくら寒い朝でも、もてなし冥利に尽きると言う。(日本人客は、あまり手を振ってはくれないようで、ある意味、贅沢になっているのか、心の何かを忘れてしまっている日本人なのかも知れない)
最後に女将は「老舗は常に新しい」と言う言葉を念頭にしていると締めくった。
第2講演は、白い恋人でおなじみの石屋製菓株式会社の石水氏。
彼は去年還暦を向かえたとは思えない、体格と風貌だ。学生時代はボクシングなどのスポーツで体を鍛えたとの事だった。「白い恋人」がヒットするきっかけは、全日空の機内食に選定された昭和51年。北海道からのお土産にしたいと売り上げが飛躍した。大手販売店から、全国展開の話を受けたが、石水氏は、せっかくの北海道土産が全国にあると「価値」がない。実より名を取った。それ以来、それ以前も、「北海道」に愛着と執着を燃やす。
数々の商品開発も、その販売先は道内百貨店や空港だ。直営「チョコレートファクトリー」は、入場者数も伸びているが、その売り上げは「儲け」とは思わずに、とにかくサービスの一環と言う。また、コンサドーレ札幌のスポンサーも、北海道ブランドと言う点でのこだわりだ。
とにかく石水氏は、「北海道独自の物を!」を創出したいと言う。サマータイムは、日本全国で取組む必要はなく、北で東に位置する北海道だからこその取組みにしたいと言う。さらに、豊平川に鮭の稚魚を放流したいと希望している。その数は札幌の人口と同じ187万匹を放流して、帰ってくる鮭を札幌市民に見てもらい、自然や生命のたくましさを知ってもらいたいとも訴えた。
ここまでが22日分です。つづく・・・