9月 262016
 

9月24日17:43頃なんですが、わんこの散歩中空に光る玉のようなのを目撃しました。ほんの数秒の出来事で、あまりニュースにもなりませんでしたが、かなり珍しいと思うので、アップします。

写真はイメージです。
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高砂通りを歩いていたところ、南側の約60か45度くらいの高度から落下して行く光跡が見え、雲の裏側あたりで、一瞬強く輝きその後スキー場あたりに落下したように見えました。この部分からは地平線がよく見えなかったので、てっきり暑寒のどこかに衝突したのだと思いました。

後にネットを見ると、札幌や室蘭など道内のあちこちで目撃されていることから、隕石が落ちてきたのではないかと推測されますし、落下地点は多分太平洋なのかと思います。

参照: 火球掲示板
得北Twitter(動画あり)

5月 292015
 

【この記事を読むためのBGM:YouTube Jose Gonzalez ‘Step Out’】 

去年NHK-BSプレミアムで確かか3回か4回に分けて放送され、現在15分番組で放送中の「にっぽん百名山一筆書き踏破グレートトラバース」。去年4月屋久島宮之浦岳から始まり、交通機関を一切使わず7ヶ月間をかけて自分の足だけて北海道利尻岳までを踏破する前人未踏の挑戦。海はカヤックを使う。挑戦したのは、プロアドベンチャーレーサーの田中陽希。
15minは全て録画して見ている熱烈ファンの私。
 グレートトラバースHPで、今度は2百名山(200-100の百山)を今度は宗谷岬スタートで九州佐多岬まで一筆書きで南下する挑戦が始まることを知った。
5月25日日の出と共にスタートし、一座目には暑寒別岳を目指すとなっており、これは当果樹園の前を通るはずと、楽しみにしてわくわくしながら待っていた。
28日、増毛に宿泊。増毛の数人からスケジュールなど情報が入った。
 勝手に私設エードステーションを設置して、彼が通過するのを待ったところ5時40分頃、本人がやってきました。本物の田中陽希さんと合うことができました。
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朝食直後なので、食べられない事はわかっていましたが、彼は気を遣ってリンゴを一欠片食してくれました。
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これから約8000キロの旅に出る彼。かなり知名度が上がって、私のような面倒くさいファンも多く出会うでしょうが、無事完踏を祈り見送りました。
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29日の暑寒別岳は天気はまずまずだが、まだたくさんの雪が残っていた。
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【追記】
10時頃、NHK撮影隊をサポートするワゴン車が停まり、暑寒別岳や果樹園について取材を受けました。もしかしたら、放送で使われるかも。カットしてほしいけれど。
6月にプロローグとしてこんな挑戦やってますよと紹介する予告番組が放送され、本放送一回目は8月にNHK BSプレミアムで放送予定だそうです。

【31日追記】
陽希さんが通過したとき、たまたま道新の久保記者も立ち寄っていて、記事になるのかなと思っていましたが、やっぱり載ってました。31日北海道新聞留萌宗谷版

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【6月4日追記】
NHKのHPによると「グレートトラバース2:プロローグ 田中陽希・二百名山へ!新たなる旅立ち」が放送決定だそうで、6月27日(土)21:00 BSプレミアムだそうです。
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2月 142015
 

2月10日札幌で映画を観てきました。

4月 062009
 

 こんにちはビル・ブキャナンです。3月9日にアップした「24」TwentyFourネタですが、ついに今レンタルできるDVDをやっと全部見ました。2009-04-06-1
 仁左衛門さんは全く相手にしてくれませんでしたので、mixiにて「24」情報を得ています。主人公のジャックバウワー演じるキーファーサザーランドは昔「スタンドバイミー」に年上の不良少年役に出ていたこととか、酒気帯び運転でつかまったとか知りました。
 「24」Ⅰ~Ⅵと6.5にあたるリデンプションまで全73本のDVDが現在留萌のGEOで借りられますが、コンだけ見ても通常の半額価格だったんで、4千円もしないで見られたのは幸運でした。
 私が一番良かったのは、シーズンⅤ後半。大統領の陰謀、テログループの人間関係、CTUの危機とか手に汗にぎる感じでした。
 「24」は、「悪者」は「悪そうな顔つき」なので見ていて助かりますなぁ。但し、裏切りとか内通者とかは識別できませんけど。
 役で気に入ったのは、ビルブキャナンですが、秋にでも放送されるだろうシーズンⅦでは××と言うことなので、歴代CTUロス支所長、ジョージとかシャペルとかマクギルとか憂き目の運命なのだなぁ。
 他にも印象的な役は、シークレットサービスのアーロン、首席補佐官マイクノピックの目つき演技も良かったし、もちろんクロエもカレンヘイズもいい。ディビッドパーマー大統領(初期の)の笑顔や貫禄は本物の大統領ぽかった。
 そしていつも頼りになるトニーアルメイダがⅦでは悪者となるようなので、シーズンⅦが楽しみな私なのでした。
 

3月 092009
 

 このブロクがこの頃、頻繁なる更新がされないなぁとお思いの役場関係者もおられることでしょう。昨日サーバ停止したとしても、「長靴ネタ」以来ブログ更新が足踏み状態となっていると指摘されそうです。

 2009-03-09実は私、あのジャックバウワーで有名な「24」にはまっていまして、DVD鑑賞が続いているためなのです。BSフジで毎週水曜日に放送されていますが、それは毎週見ているのですが、登場人物が多いし、これに至る「つじつま」が知りたくなり、数週間前GEOへ行きました。

 現在BSで放送中は、シーズンⅥ。元々はアメリカで作られたサスペンステレビドラマです。一日24時間の出来事を1時間一話として、見ている時間経過とドラマの時間経過が同じくなるようにリアルタイムを意識して作られています。DVDにはCMがないので、実際は一話45分ほどかかります。DVD一枚には2話分入っていて、1シーズン12本見るのに18時間以上かかるんです。おまけ影像とか解説入りとか見ちゃうと倍かかりますよねー。

 ドラマは笑うような場面はなく、常に緊迫していてハラハラドキドキの連続。たまぁーに残酷な拷問や殺害シーンがあるので、お子ちゃまは見ちゃーダメです。
 それにしてもGEOでは半額レンタル中なので1シーズン分12本借りても600円と激安。現在シーズンⅢまで見て、さきほどシーズンⅣを6本借りて参りました。

 「24」は、知っている人はかなり居ますが、実際に鑑賞した人は非常に少ないです。と、言うのも日本で放送されたのは深夜でして、かなりのマニアでなければ見ていないのです。
 24談議をしたいのですが、誰か相手になる方いませんカーぁ。仁左衛門さんいかがぁ?。「24」は、これまでのテレビドラマをはるかに超越した超ロング映画見ているようなクォリティーですよー。

2月 222009
 

  2009-02-22-2本日数時間だけ気温がプラスに成ったものの、ここ一週間ズーと真冬日。マイナスの気温に強い風も伴い、外での剪定作業は少々辛かった。そんな時、飴をなめると「ほっ」としますなぁ。私のポケットには数種の飴を忍ばせて作業しています。
 お気に入りは、昔から「純露」。メーカーホームページUHA味覚糖によると同製品は昭和48年(1973)からのようで、ロングセラー品なんですね-。ポケットから取りだした時、色の濃い紅茶味が出てきた時は「当たり」をとったようで、なんだかうれしく感じる私は小市民?。
 2009-02-22-1さてそんな中、最近のお気に入りに一品加わったのが、これ「千歳鶴吟醸酒粕使用甘酒ソフトキャンディー」。製造はロマンス製菓。国稀でないのが少々残念なのですけど、ちょっと衝動的な味と食感なのです。これまでも酒粕味の飴はありましたが、これは、もっと深い酒粕味ですし風味も濃厚です。一袋単位で入っているものの、それぞれ形は一定でないのが、また良いです。
 あっ、そっだ、晩酌のつまみにも合うかも・・・・って、そこまではくどすぎるかな。

1月 232009
 

アメリカでは「Change」を訴えて大統領がチェンジしました。私もそれに習って携帯をChangeしました。何物もトコトコン使い込む私が何故携帯を替えたかと言いますと・・・・
2009-01-23-2 昨晩は防除組合の総会兼新年会で、飲酒。二次会、あるスナックで腹具合がもよおしたのでトイレへ。
 はい、ご想像の通り携帯をトイレへボットンしました。沈降したらしくて行方不明。別の電話で呼んでみると圏外ガイダンスが・・・・はいダメーっ。二年使った携帯とは不慮のお別れとなった訳なんです。
 今日早速ドコモショップへ。今携帯は高いんですねー。最新ハイエンド機種は7万円以上するんで、若干古い機種を購入した次第。薄々の機種も捨てがたかったんですが、GPS機能がなにげに欲しくて、しかもワンタッチで開くヒンジと言うことでP906iとしたのです。画面が大きくて奇麗で「惚れてまうヤローッ!」。もろもろ割引特典があったのですが、それでも4万円ほどして思わぬ出費に痛手を被りました。
 しかも、データーのバックアップしていなかったので、電話帳データーは最初からやり直しです。
 その為、着信は誰からかかってきたのか判らないので、おそるおそるの対応と成ります事、この場をかりてお知らせいたします。
 今日の格言。データーバックアップはこまめに取ること!酔っぱらってトイレに行く時は「気をつけなはれヤーッ」

11月 232008
 

 2008-11-23.jpg本日は国民の休日、勤労感謝の日。大安だなぁ。
 いつも思うのですが、勤労を休んで勤労に感謝するって変ジャーないですか(今年はたまたま日曜日だけどね)。そんなに勤労をたっとぶなら、働くべきだべと別段「休日」を持たない農家なぞはそう思うんです。
 戦前はこの日は「新嘗祭」と言って、今年の農産物の生産を祝う日だったんだそうでね。それがどうして「勤労感謝」に変わったのか、その経緯についてネットを調べても判らなかった。どうもアメリカの感謝祭やLabor Dayに影響されているらしいが、定かでない。何故、新嘗祭じゃーダメだったのか。
 とにかく、今日は今年の農産物の出来に感謝する日であるのだから、勤労どうたらこうたらといわず、素直に「新嘗祭」として改めて祝日とすべきと思うんですよ。
参照:ウィキベデア勤労感謝の日
    日本文化いろは事典
本当は美談でないサンクスギビングディはこちら
    Let’s Blow! 毒吐き@てっく「アメリカの感謝祭の虚実 – 勤労感謝の日に」

8月 162008
 

 昨夜は同級会と言うことで、出席。途中抜けだしFMラジオをこなして、2次会から再参加して飲酒。日付が変わる前に帰宅したのは良いのですけど、送ってもらった車を下車して携帯を見ながら玄関まで歩いたら、途中永寿川に転落してしまいました。2008-08-16.jpg
 約1.5メートルの橋から水深約30センチの川に転落。突然水に取り込まれ混乱しました。右肩から落ちて水中で一回転したと思うんですが、一瞬のことであまり覚えていませんが、飲酒量が少なかったので、なんとか何事もなく川から上がることが出来ました。その時、持っていた携帯は普通に動いていて、電話をかけることも出来たのですが、一応電池とか外しておきました。ポケットに入れていたカメラは、スイッチが利かないようでしたので、これも電池、メモリカードを外しておきました。
 私の外傷は左腕に擦り傷ができているものの、全身ずぶ濡れになっただけで済みました。ヤレヤレ。家の前川に転落したのは、物心ついて初めての体験をしました。
 さて、今日になってカメラは全く無事でした。DATEなど初期設定になりましたけど、意外と丈夫なカメラです。
 携帯は、朝になってFormaカードが認識せず一時ダメになったもの、十分乾燥させましたら、無事に復活しました。

9月 262007
 

 9月22日にエントリしましたエミーさん達との再会の記事が、今日付の留萌新聞に載りましたので、アップしておきます。記事文章が紙面の端部まで飛んでいますので、最後部分は画像で移動しております。
2007-09-26.jpg

9月 222007
 

 17年前、留萌在住だったエミーさんと再会しました。2007-09-22.jpg
 エミーさんはバプティストの布教で留萌に5年間在住。その間「エミーの楽しい英会話教室」などの講師も務めていました。私も社会人の部での生徒てした。
 ミエーさんは現在、サウスダコタ州に在住し、結婚して3児の母となっておりました。今回、昔の仲間達に会いたいと、旦那様を連れて来日し、このほど留萌に数日間滞在する事になりました。
 今日の夜、昔の英会話仲間とささやかな再会の場を開き、数名の出席者でしたが、昔話に花を咲かせました。この模様は留萌新聞の取材を受け、数日後のニュースとなるはずです。
 エミーさんのご主人は銀行へ務めていますが、なんとサウスダコタの州知事に立候補した経歴があります(The Constitution Party of South Dakota )。残念ながら知名度などが及ばす当選は出来なかったとの事ですが、政治への関わりはこれからもたぶん続けるとの事でした。

8月 082007
 

今野清次郎おじさんは、数冊の著述をしています。写真は我が家にあるおじさんの本の数々です。戦争中、饑餓の島「メレヨン島」からの生還を果たしたおじさんですが、メレヨンの英霊への鎮魂は生涯続けられました。全国メレヨン会では役員を務め、昭和54年には第4次慰霊墓参団に参加して、メレヨン島に再上陸をして、慰霊の旅を果たしております。

戦後は長くメレヨン饑餓戦没者を想いつづけた。毎年海山の幸として夏は桜桃を秋は生鮭を靖国の戦友へ供えた。

さて、彼の本は数冊あるものの、内容は似ております。これはプロの書き手ではないので、出す本が加筆添削等によるものと思いますが、基本的柱は、戦争でのメレヨンの出来事ともう一つは「ふるさと増毛」を想う二本柱です。 
 大正11年生まれ、別苅小学校高等科、増毛青年学校卒業後、軍へ入隊し帰郷後、増毛町農業委員・農共済組合長、農共副組合長、改良区理事長、増毛町議会議員、社会教育委員などを歴任されております。
 特に増毛町がニシンで振るわなくなるので農業振興は欠かせないとして、中歌上の開田に尽力し、箸別川からの取水路を始めとする水田振興に政治的に力を注ぎました。しかし、工事の遅れ等から自らも開田事業をするも資金繰りができず、離町を余儀なくされました。
 そのちょと以前、昭和30年と思います(年代が書かれていない)が、増毛町12代中江町長誕生の裏話が載っています。

全道農協青年部長会議が層雲峡朝暘荘で行われ出席すると、元町長中江庄三郎氏が恩給継続のための支配人をしていた。増毛の現況を語り、今後の行き方を一晩中語り合った。中江氏は最後に機会があれば、再度役に立ちたいといって別れた。黒岩尻電化運動に協力してもらい、八年目に追放解除になって深川で打ち合わせをした。中江氏に増毛に来てもらい農協に顔を出して、私は一汽車遅れて帰り、山形屋で落ち合った。町では中江氏が町長選に意欲があるとニュースが流れた。当時現職のバックは有力だった。部落の青年幹部に呼び掛け、町の現況を語り、将来の方向を話し合った。今の町生産力の比率を漁農、七分三分になる様に努力する等、町政の改革に協力する様、懇願した。別苅の川向之夫君、中歌の小林君、箸別の古村忠雄君に舎熊阿分幹部等多数の賛同を得て、徹夜して届出一番を得て選挙戦に突入した。若い人達はペダルを踏んで各地をかけ廻った。町長候補は四人で現職は優位、我が方は候補はよいがバックは弱いと評された。雄冬の舟入間に着くや高台に向かって中江、中江と叫び続けた。細い崖の道を杖をつかせて越し、岩尾(ヤマカ)旅館に着いた時は暗くなっていた。町議候補で正式に中江氏支持を表明したのは西方作松氏一人だった。

二度となるまいと思ったほど厳しい戦いで、最終二二五票の差で当選した。開票が終わって公会堂を出た時、東が白くなっていた。若い人達の力に感謝し、これからの町政を思い乍ら、皆の待つ事務所までの道は涙が止まらなかった。その直後、有力者から町長に対する進言を頼まれた。断ると今の町長は君の言う事以外は聞かないだろうと言われたが、私は公私の区別ははっきりつける信念は変わらなかった。

中江町長は上川町、鶴野木工場社長から、瀬戸の観音様をゆずられていた。捧持以来縁起がよいと毎月の二十八日は私を呼び、二人で供養したその折、日頃考えている三つの私案を話し合った。一つはは陸上の再開発、二つは漁もうすく耕地はせまい、人手が余るし仕事がないと人が減るので町民の働く場所の誘致、三つ目は留萌を通らないで札幌へぬけられないか、つまり袋地から抜けたい願望であった。古老から留萌と発展争いに負けた事を聞かされて育った私は、淡い夢を持ち続けていた。中江町長は行政のエキスパートとして直ちに反応を示した。留萌開発建設部を通して運動を起こした。部長からもらった特殊模様のネクタイを私に渡し乍ら、その都度運動の経過を知らせてくれた。上京では課長を交替で伴い大蔵省主計局に陳情を重ねた。常に「主計官を夕食に誘って来てくれるとしめたものだ」と言っていた。旧来型陳情方法である、五〇〇万円の調査費がついた時、これでいつかはこの道が抜けると喜び合った。

国道231号線、現在私は札幌へ行く時、大変便利に往来しておりますよ。
 

8月 062007
 

私の亡き祖父の弟、今野清次郎(千葉県)おじさんが先日、亡くなったと知らせが来ました。仙北家に生を受けましたが幼い時、別苅の家に養子になり今野の姓となりました。増毛町の議会議員経歴もあります。現在は千葉県在住ですが、誰よりも故郷増毛を愛し、憂い、慕っていたおじさんでした。亡くなる数日前、増毛に帰りたいと訴えていたそうですが、叶えられませんでした。 
 今野清次郎おじさんは、何といっても戦時中、敵の上陸なくして多くの日本兵が命を落とした「メレヨン島」からの生還者の一人。太平洋の小さな珊瑚礁の島に約7000名の派兵。しかし制空権制海権を失った日本は、彼らに十分な補給を出来ないまま、敵と戦火することなく饑餓により1年6ヶ月で約5200名が餓死したそうです。空襲も時折あったらしく、おじさんは「背が低かったので助かった」と、飛行機からの敵弾がかすめた体験も話しておりました。又、おじさんは一日100グラムの淡泊質を摂るように心がけて、珊瑚礁からカニを獲って食べていたとも語っていました。
 メレヨン島は現在は「Woleai」と言うらしくGoogleEarthで検索すると一部欠けているもののずいぶんと拡大出来ました。この画像をおじさんに見せてやりたかったです。きっと涙を流して画面に食い入って見た事でしょう。当時の滑走路は現在も健在らしく、くっきり見えています。
 おじさんは、この饑餓の体験を語り継ごうと、何冊も本を出し(ほとんど自費出版)ております。
 とかく「戦争体験」がマスコミ等でとりあげられ、「反戦」や時には「反日」の材料とされておりますが、おじさんの著には、体験とともに戦争に対する「反省」を越え、大局的な見地から当時の西欧の帝国主義など国際情勢を加味した「考察」の域で書かれていると私は思いました。つづく

4月 142007
 

 これは今話題の「なんとか還元水」では断じてありません。「白樺樹液」なのであります。あるルートでゲットしたものです。
 これまでカエデ樹液はちびちび飲んだことありますが、このようにゴクゴクと飲める量は初めてです。
 早速カップに注いで片手を腰にあてがって一気に飲んでみましたよ。
 「うーん、水っ!」って感じでした。ほのかな甘味があるといえばあるのですが、私にはほとんど無味でした。しかし、粘りがある感じでミネラル成分が溶け込んでいるんだなっと実感しました。
 コーヒーやご飯を炊く時の水代わりに使うと、おいしさが違うようなので、明日にでもドリップしてみようっと。
 それにしても世の中の右傾向化が心配だっ。

4月 072007
 

 毎月、通販の雑誌「いきいき」「ふくふく」が送られて来るのですが、その「いきいき5月号」に、白洲次郎の記事がありました。私も読んだ本「占領を背負った男」の著者、北康利氏のインタビューがありました。私は、現在この著書の参考とした本「プリンシプルのない日本人」をただ今朗読中です。
 その前記事には、全国の中小企業経営者のカリスマ、偉人である京セラ会長稲森和夫の記事もありました。こちらは著書「生き方―人間として一番大切なこと」も紹介されていました。こちらの本も私、ただ今朗読中です。